主屋の前庭を東西に分ける門と塀

榎原家住宅露地門及び塀は、大阪府豊中市小曽根にある大正時代(1912〜1926年)の門と塀で、平成26年(2014年)10月7日に国の登録有形文化財として登録された。小曽根村の庄屋を務めた榎原家の屋敷で、主屋の式台の西端から南へ塀をのばし、その中ほどに露地門を開く。登録番号は27-0604である。

門は間口1.2メートルの腕木門で、塀は総延長13メートル。どちらも木造で瓦を葺く。屋敷の主庭を画する位置にあり、主屋前面の庭を東西に分けている。

庭を区切る大正期の工作物(登録の理由)

文化審議会の答申は、露地門とその左右にのびる塀が主屋前面の庭を東西に区画していると記す。屋敷の建物5棟が江戸末期のものであるのに対し、榎原家住宅露地門及び塀は大正期に加えられた。幕末に建った主屋の前庭を、後の世代が門と塀で仕立て直したことになる。

「露地」は茶室へ向かう庭の通路を指す語で、露地門はその入口に立つ簡素な門をいう。主屋の表を通る動線から、奥まった庭へ入る境目をつくるのがこの門の役目である。文化庁の解説は、閑静な佇まいを生むと評している。登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。

見どころ:表と裏で仕上げを変えた塀

榎原家住宅露地門及び塀の門は切妻造の桟瓦葺。柱から突き出した腕木で屋根を受ける形式で、方立(ほうだて)の間に扉を吊る。重厚な門ではなく、庭の入口にふさわしい軽い構えである。

塀は面によって仕上げを変える。表側は上部を黒漆喰で塗り、要所に格子窓を配して、下部を竪板張とする。裏側は刷毛引きで仕上げる。黒い上部と板張りの下部、そのあいだに開く格子窓の組み合わせが、表から見たときの塀の顔になる。

刷毛引きは、塗った壁の表面を刷毛でなでて細かな筋目を付ける仕上げで、黒漆喰に比べて手間が少ない。表と裏で手間のかけ方を変えるところに、どちらを見せる面と考えていたかがはっきり出ている。

見学について

榎原家住宅露地門及び塀は個人の住宅の敷地内、主屋の前庭にあり、公開されていない。周囲の道から見ることはできず、敷地内での撮影もできない。

屋敷全体の成り立ちとアクセスは、榎原家住宅のページにまとめてある。

Q&A

Q榎原家住宅露地門及び塀は見学できますか?
Aできません。榎原家住宅露地門及び塀は個人の住宅の敷地内にあり、公開されていません。
Q榎原家住宅露地門及び塀はいつ造られましたか?
A文化庁のデータベースは大正時代(1912〜1926年)としています。屋敷の建物より後に加えられたものです。
Q榎原家住宅露地門及び塀の大きさは?
A露地門は間口1.2メートルの腕木門、塀は総延長13メートルです。
Q榎原家住宅露地門及び塀の「露地門」とは何ですか?
A茶室へ向かう庭の通路である露地の入口に立つ、簡素な門のことです。ここでは主屋前面の庭を東西に分ける位置にあります。
Q榎原家住宅露地門及び塀はいつ登録有形文化財になりましたか?
A平成26年(2014年)10月7日に、屋敷のほかの7件とともに登録されました。

基本情報

名称榎原家住宅露地門及び塀(えばらけじゅうたくろじもんおよびへい)
所在地大阪府豊中市小曽根1-214-1
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成26年(2014年)10月7日登録
員数1棟
寸法露地門:木造、瓦葺、間口1.2メートル/塀:木造、瓦葺、総延長13メートル
所有者個人(文化庁データベースでは非掲載)
公開状況非公開(個人の住宅)

参考文献

国指定文化財等データベース 榎原家住宅露地門及び塀(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00010207
文化審議会答申 登録有形文化財(建造物)の登録について(平成26年3月18日、文化庁)
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/yukei_kenzobutsu/pdf/bunkashingi_toshin_140318.pdf
大阪文化財ナビ 榎原家住宅
https://osaka-bunkazainavi.org/bunkazai/%E6%A6%8E%E5%8E%9F%E5%AE%B6%E4%BD%8F%E5%AE%85

最終更新日: 2026.09.26