北辺の建物をつなぐ水除けの塀
榎原家住宅外塀は、大阪府豊中市小曽根にある大正時代(1912〜1926年)の塀で、平成26年(2014年)10月7日に国の登録有形文化財として登録された。小曽根村の庄屋を務めた榎原家の屋敷で、敷地の北辺に並ぶ離れと3棟の土蔵をつなぐように建つ。登録番号は27-0606である。
総延長は9.2メートル。木造で瓦を葺き、潜戸を備える。建物と建物の隙間を埋める長さであり、榎原家住宅外塀と北辺の建物が一続きになって、屋敷の背面を閉じている。
水から屋敷を守った塀(登録の理由)
文化庁の解説は、榎原家住宅外塀を水禍に対する屋敷の保全を担った塀と位置づけ、集落の歴史的景観に寄与すると結んでいる。登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。
その役目は基礎に表れている。塀は切石を積んだ基礎の上に建つ。地面に直に柱を立てる塀とちがい、石の基礎が水の浸入と足元の腐朽を防ぐ。低い平地に開けた村の旧家が、敷地の北側を水に対して固めていたことが、この造りから読み取れる。
なお、文化審議会の答申は外塀を敷地の周囲を囲む塀と表現しているが、文化庁のデータベースが記す位置は敷地の北辺である。登録の対象は総延長9.2メートルの範囲で、敷地全周ではない。
見どころ:表裏で異なる壁の造り
榎原家住宅外塀の屋根は切妻造の桟瓦葺。北面は腰の高さまで竪板を張り、板の継ぎ目に細い目板を打って押さえる。南面は柱を見せる真壁造とし、要所を板壁とする。
北面の目板打ちは、板の隙間から雨水が入るのを防ぐ仕上げである。北が屋敷の外側、南が内側にあたるとみられ、外へは水と風雨に耐える面を、内側へは柱と壁の構成を見せる面を向けている。
見学について
榎原家住宅外塀は個人の住宅の一部で、公開されていない。屋敷の外周にかかる塀だが、北面が公道から見えるかどうかは今回の調査では確認できなかった。近くを通る場合も、敷地や塀に近づいて観察・撮影することは控えたい。
屋敷全体の成り立ちとアクセスは、榎原家住宅のページにまとめてある。
Q&A
- 榎原家住宅外塀は見学できますか?
- できません。榎原家住宅外塀は個人の住宅の一部で、公開されていません。
- 榎原家住宅外塀はいつ造られましたか?
- 文化庁のデータベースは大正時代(1912〜1926年)としています。
- 榎原家住宅外塀は何のための塀ですか?
- 文化庁の解説によれば、水禍から屋敷を守る役目を担った塀です。切石を積んだ基礎の上に建っています。
- 榎原家住宅外塀の長さは?
- 総延長9.2メートルです。敷地の北辺で離れと土蔵群をつないでおり、潜戸が付いています。
- 榎原家住宅外塀はいつ登録有形文化財になりましたか?
- 平成26年(2014年)10月7日に、屋敷のほかの7件とともに登録されました。
基本情報
| 名称 | 榎原家住宅外塀(えばらけじゅうたくそとべい) |
|---|---|
| 所在地 | 大阪府豊中市小曽根1-214-1ほか |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 指定年 | 平成26年(2014年)10月7日登録 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 木造、瓦葺、総延長9.2メートル、潜戸付 |
| 所有者 | 個人(文化庁データベースでは非掲載) |
| 公開状況 | 非公開(個人の住宅) |
参考文献
- 国指定文化財等データベース 榎原家住宅外塀(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00010209
- 文化審議会答申 登録有形文化財(建造物)の登録について(平成26年3月18日、文化庁)
- https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/yukei_kenzobutsu/pdf/bunkashingi_toshin_140318.pdf
- 大阪文化財ナビ 榎原家住宅
- https://osaka-bunkazainavi.org/bunkazai/%E6%A6%8E%E5%8E%9F%E5%AE%B6%E4%BD%8F%E5%AE%85
最終更新日: 2026.09.26