屋敷で最も大きな明治の土蔵

奥野家住宅米蔵は、大阪府豊中市中桜塚にある明治43年(1910年)建築の土蔵で、平成20年(2008年)7月8日に国の登録有形文化財となった。登録番号は27-0495。

敷地の北西隅に建つ土蔵造の2階建で、桁行12メートル、梁間5.3メートル、建築面積64平方メートル。屋敷に5棟ある土蔵のうち最も大きい。

帳面に残る「乾蔵」の棟上げ

奥野家住宅米蔵の年代は、家に伝わる帳面の記述から分かっている。豊中市によれば、帳面には明治43年に「乾蔵」を棟上げしたことが記されている。乾は北西を指す方角の名で、文化庁の解説が記す北西隅という位置とよく合う。

なお、豊中市の解説は米蔵の位置を敷地北東部と書いているが、方角名と文化庁の記述の双方から、本サイトは北西隅と判断した。屋敷の土蔵のうち最も新しい建物でもある。

唐破風と円窓の妻飾り

奥野家住宅米蔵の屋根は切妻造で、もとは本瓦葺であったが、現在は鉄板で仮に葺いている。布石積の基礎の上に建ち、外壁の一部を竪板張とする。

外観で最も目立つのは、通り側の妻の上部である。漆喰で形づくった唐破風と、一対の円窓を設けている。唐破風は中央が盛り上がり両端が反る曲線の破風で、社寺や城の玄関に用いられる格式の高い意匠である。それを土蔵の妻に左官仕事で表したところに、明治末の職人の技と施主の意気込みが見える。文化庁の解説も、これが際立った外観をつくっていると評価している。

登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。

演奏会の会場として

今の奥野家住宅米蔵は、「桜の庄兵衛」のホールとして使われている。令和4年(2022年)10月に杮落としの演奏会が開かれ、公式サイトは高い天井と厚い壁に囲まれた大きな音の箱と表現している。以後、室内楽やジャズ、落語などの会場になっている。

土蔵の厚い土壁は、火や湿気から中の米を守るためのものだった。その壁が、今は外の音を遮り、中の音をやわらかく返す役目を担っている。

見学について

奥野家住宅米蔵の内部に入れるのは、ここを会場とする催しのときである。2026年秋には10月から12月にかけて複数の演奏会が予定されており、参加費は3,000円から4,500円ほど。予定と申し込みは公式サイトで確かめたい。唐破風と円窓のある妻は通り側にあり、催しのない日も外から見ることができる。行き方は奥野家住宅(豊中市)のページにまとめてある。

Q&A

Q奥野家住宅米蔵は見学できますか?
A内部は、ここを会場とする演奏会などの催しのときに入ることができます。予定は「桜の庄兵衛」の公式サイトで案内されています。唐破風と円窓のある通り側の妻は、ふだんも外から見られます。
Q奥野家住宅米蔵はいつ建てられましたか?
A明治43年(1910年)です。家に伝わる帳面に、この年に「乾蔵」を棟上げした記録があります。
Q奥野家住宅米蔵の外観の特徴は?
A通り側の妻の上部に、漆喰で形づくった唐破風と一対の円窓を設けています。屋根は切妻造で、もとは本瓦葺、現在は鉄板の仮葺です。
Q奥野家住宅米蔵の大きさは?
A桁行12メートル、梁間5.3メートル、建築面積64平方メートルの土蔵造2階建で、屋敷の土蔵のうち最大です。
Q奥野家住宅米蔵が登録有形文化財になったのはいつですか?
A平成20年(2008年)7月8日で、登録番号は27-0495です。

基本情報

名称奥野家住宅米蔵
所在地大阪府豊中市中桜塚2-422-1
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成20年(2008年)7月8日登録
員数1棟
寸法桁行12メートル、梁間5.3メートル、建築面積64平方メートル
所有者個人
公開状況催しの際に内部を公開、妻面は通りから見学可

参考文献

国指定文化財等データベース 奥野家住宅米蔵(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00007266
豊中市 登録文化財 奥野家住宅
https://www.city.toyonaka.osaka.jp/jinken_gakushu/bunkazai/touroku_bunkazai/touroku09.html
桜の庄兵衛「米蔵」
https://syoubei.jimdoweb.com/%E6%A1%9C%E3%81%AE%E5%BA%84%E5%85%B5%E8%A1%9B-%E7%B1%B3%E8%94%B5/
桜の庄兵衛 公式サイト
https://syoubei.jimdoweb.com/

最終更新日: 2026.09.26