屋敷の中心に建つ田中家住宅主屋

田中家住宅主屋は、大阪府泉大津市助松町の旧紀州街道に東面する屋敷の中央に建つ江戸時代中期(1661〜1750年)の大型農家で、平成19年(2007年)12月5日に登録有形文化財に登録された。助松本陣と呼ばれた田中家の6棟のうち、最も古く最も大きい建物である。

南北棟の入母屋造本瓦葺で、つし二階をもつ。桁行11間半・梁間7間、建築面積は341平方メートルに及ぶ。南側を土間、北側を床上部とし、北西の隅に座敷を置く。土間の西からは切妻造の釜屋が突き出している。

江戸中期の形をとどめる大型民家

田中家住宅主屋は「再現することが容易でないもの」という基準で登録された。文化庁の解説は、改造を受けてはいるものの江戸時代中期の形態をとどめると評価している。建てられたのちも江戸時代後期と末期に増改築が重ねられており、北側に接続する玄関及び座敷棟が安政2年(1855年)に加わったのもその流れの一つである。

建築年代の書き方は資料によって少し異なる。文化庁のデータベースは江戸時代中期(1661〜1750年)とし、大阪文化財ナビは17世紀後期の建築と記す。泉大津市は屋敷全体について、江戸時代前期の規模や形式をよく残すと説明している。いずれも17世紀の後半から18世紀前半の範囲を指しており、本記事では文化庁の表記を基本とした。

府内屈指の広さの土間

田中家住宅主屋でいちばんの見どころは土間である。大阪文化財ナビは、大阪府下でも屈指の広さの土間と紹介しており、掲載写真には土間の上に架かる太い梁と、土間から一段上がった取り次ぎの間が写っている。本陣として人の出入りが多く、大庄屋として年貢や農作業の拠点でもあった家にとって、この広さは必要なものだったと考えられる。

外観では、街道に対して建物が南北に長く横たわる構えに目を向けたい。桁行11間半という長さは、街道を行く人に対して屋敷の格をそのまま示す寸法でもある。

田中家住宅主屋の見学

田中家住宅主屋は現在も田中家の住まいとして使われており、一般には公開されていない。主屋は屋敷の中央にあり、街道から建物全体を見ることは難しい。

Q&A

Q田中家住宅主屋はいつ建てられましたか?
A文化庁のデータベースでは江戸時代中期(1661〜1750年)の建築で、江戸時代後期・末期に増改築を受けたとされています。大阪文化財ナビは17世紀後期としています。
Q田中家住宅主屋の規模は?
A桁行11間半・梁間7間、建築面積341平方メートルの入母屋造本瓦葺、つし二階建です。
Q田中家住宅主屋の見どころは何ですか?
A大阪府下でも屈指の広さとされる土間と、その上に架かる太い梁です。
Q田中家住宅主屋は見学できますか?
A現在も田中家の住まいで、一般公開はされていません。
Q田中家住宅主屋はなぜ登録有形文化財になったのですか?
A「再現することが容易でないもの」という基準で登録されました。改造はあるものの江戸時代中期の形態をとどめる点が評価されています。

基本情報

名称田中家住宅主屋
所在地大阪府泉大津市助松町2-687-1他
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成19年(2007年)12月5日登録
員数1棟
寸法桁行11間半・梁間7間、建築面積341平方メートル
所有者個人
公開状況非公開

参考文献

最終更新日: 2026.09.24