飢饉に備えた田中家住宅備窮倉

田中家住宅備窮倉は、大阪府泉大津市助松町の田中家の屋敷に文政6年(1823年)に建てられた貯穀用の土蔵で、平成19年(2007年)12月5日に登録有形文化財に登録された。「びきゅうぐら」と読み、名のとおり窮乏に備える倉である。

主屋の西方に南北棟で建つ。土蔵造平屋建で、桁行3間・梁間2間、建築面積24平方メートルと、屋敷の建物のなかでは小さい。屋根は切妻造桟瓦葺の置屋根で、東面の南寄りに庇を差し掛けて戸口を設け、西面に小窓を2か所開ける。

村の社会事業を伝える遺構

文化庁の解説は、田中家住宅備窮倉を飢饉への対策として建てられた貯穀倉とし、近世の村における社会事業のあり方を示す遺構と位置づけている。個人の財産を納める蔵ではなく、凶作のときに村の人々を支えるための穀物を蓄える倉であった点に、この建物の意味がある。

大庄屋として周辺の村々をまとめた田中家にとって、非常時の備えは村をまとめる役目の一部だったとみられる。大阪文化財ナビも、飢饉に備えて食糧を保管した備窮倉を、この家が大庄屋を務めた証しとして挙げている。登録の基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。

置屋根と小さな開口

田中家住宅備窮倉の屋根は置屋根である。土で塗り固めた蔵の本体の上に、別に組んだ屋根を載せる形式で、屋根と壁の間にすき間ができるため、熱がこもりにくく、屋根が傷んでも本体を守りやすい。穀物を長く保つ倉にふさわしいつくりといえる。

開口は東面の戸口と西面の小窓2か所に限られる。窓を小さく少なく抑えたのは、湿気や虫、盗難から中身を守るためと考えられ、外観の簡素さが用途をよく表している。

田中家住宅備窮倉の見学

田中家住宅備窮倉は屋敷の内側、主屋の西に建つ。田中家住宅は個人の住まいで一般公開されていないため、見学はできない。

Q&A

Q田中家住宅備窮倉は何のための建物ですか?
A飢饉に備えて穀物を蓄えた貯穀倉です。文化庁は、近世の村における社会事業を示す遺構と説明しています。
Q田中家住宅備窮倉はいつ建てられましたか?
A文政6年(1823年)の建築です。
Q田中家住宅備窮倉の読み方は?
A「たなかけじゅうたくびきゅうぐら」と読みます。
Q田中家住宅備窮倉は見学できますか?
A屋敷の内側にあり、田中家住宅は一般公開されていないため見学できません。
Q田中家住宅備窮倉の屋根の特徴は?
A土蔵の本体とは別に組んだ屋根を載せる置屋根で、切妻造の桟瓦葺です。

基本情報

名称田中家住宅備窮倉
所在地大阪府泉大津市助松町2-687-1他
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成19年(2007年)12月5日登録
員数1棟
寸法桁行3間・梁間2間、建築面積24平方メートル
所有者個人
公開状況非公開

参考文献

最終更新日: 2026.09.24