明治

Meiji

明治時代(1868 – 1912)の日本の文化財を一覧で閲覧できます。都道府県・種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。

5,384 件 明治時代 1868 – 1912
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佐野家住宅主屋
三重県 明治
佐野家住宅主屋

三重県松阪市飯南町深野の佐野家住宅主屋は、明治前期建築の木造平屋建で建築面積172平方メートル。東に通り土間、西に食違二列六間取の座敷を配し、平成25年に登録有形文化財となった。個人所有のため非公開、公道から外観のみ見学できる。

佐野家住宅土塀
三重県 明治
佐野家住宅土塀

三重県松阪市飯南町深野の佐野家住宅土塀は、明治頃の築造。敷地東面の石垣上に延長16メートルにわたり築かれ、南側は棟を下げて潜戸を開く。漆喰を軒裏まで塗り込め、平成25年に登録有形文化財となった。個人所有で非公開。

神宮徴古館
三重県 明治
神宮徴古館

神宮徴古館は、三重県伊勢市の倉田山にある明治42年建設の煉瓦造の博物館で、平成10年に登録有形文化財となった。片山東熊らの設計によるルネサンス式の建物で、戦災後に改修されたが外壁まわりが残る。

神宮農業館
三重県 明治
神宮農業館

神宮農業館は、三重県伊勢市の倉田山にある明治38年の木造平屋建ての博物館で、平成10年に登録有形文化財となった。片山東熊の設計で、和風の外観に洋風の架構を収めた和洋折衷の建物である。

鈴屋遺蹟保存会旧事務所
三重県 明治
鈴屋遺蹟保存会旧事務所

三重県松阪市の松坂城跡に明治42年(1909年)に建った鈴屋遺蹟保存会の旧事務所。銅板葺唐破風の玄関に大仏様の細部を用い、洋間の閲覧室と10畳の座敷をもつ。昭和63年(1988年)から茶席「桜松閣」として使われている。

鈴屋遺蹟保存会正門
三重県 明治
鈴屋遺蹟保存会正門

三重県松阪市の松坂城跡に明治42年(1909年)に建てられた鈴屋遺蹟保存会の正門。間口2.7メートルの四脚門で、切妻造本瓦葺。柱を貫く梁の先を大仏様の木鼻とし、梁中央に板蟇股を載せる個性的な意匠をもつ。

鈴屋遺蹟保存会倉庫
三重県 明治
鈴屋遺蹟保存会倉庫

三重県松阪市の松坂城跡に明治42年(1909年)に建った鈴屋遺蹟保存会の倉庫。土蔵造2階建、寄棟造の桟瓦葺で、煉瓦積の基礎に漆喰の壁を立て外側を下見板で覆う。渡廊下で旧事務所とつながる控えめな事務所付属の蔵である。

鈴屋遺蹟保存会塀
三重県 明治
鈴屋遺蹟保存会塀

三重県松阪市の松坂城跡に明治42年(1909年)に築かれた鈴屋遺蹟保存会の塀。旧事務所から本居宣長旧宅まで延びる総延長11メートル・9間の木造瓦葺で、腰を下見板張、上部を連子とし、腕木で屋根を支える。

田中家住宅石垣
三重県 明治
田中家住宅石垣

波瀬宿の脇本陣を務めた田中家の屋敷で、櫛田川に面した崖地を造成する明治後期の石垣。河原石を谷積にした高さ8.1メートル、延長26メートルの擁壁で、城郭を思わせる姿の上に前座敷(洗耳亭)が川へ張り出す。

田中家住宅表土塀
三重県 明治
田中家住宅表土塀

波瀬宿の脇本陣を務めた田中家の主屋の東を区切る明治35年(1902年)の土塀。延長15メートルで、人頭大の河原石を谷積にした基礎に漆喰塗の土塀を築き、主屋と東蔵をつないで街道に面した屋敷の表構えをつくる。

田中家住宅表納屋
三重県 明治
田中家住宅表納屋

波瀬宿の脇本陣を務めた田中家が明治33年(1900年)に建てた納屋。旧和歌山街道を挟んで主屋と向かい合う切妻造桟瓦葺の2階建で、内部は東西両端を土間、中央を板敷とし、西の土間に二階へ上る吹抜けを設ける。

田中家住宅主屋
三重県 明治
田中家住宅主屋

旧和歌山街道波瀬宿で脇本陣を務めた田中家の主屋。明治29年(1896年)建築の木造2階建、建築面積356平方メートルの大型町家で、出桁造の正面に格子と木瓜形の虫籠窓、出格子が並ぶ。資料館として一部公開。

田中家住宅西土塀
三重県 明治
田中家住宅西土塀

波瀬宿の脇本陣を務めた田中家の主屋の西を区切る明治44年(1911年)の土塀。延長27メートルで、河原石の谷積基礎に漆喰塗の土塀を築き、街道に面した南端だけ裾広がりの切石積に鬼瓦を載せて重厚に仕上げる。

田中家住宅東蔵
三重県 明治
田中家住宅東蔵

波瀬宿の脇本陣を務めた田中家の主屋の東に建つ明治38年(1905年)の道具蔵。土蔵造2階建で、街道側の南面は石積基礎に縦板張の腰、漆喰塗の壁とし、庇付きの両開窓と水切を備える。外観は街道から見られる。

田中家住宅東土塀
三重県 明治
田中家住宅東土塀

波瀬宿の脇本陣を務めた田中家の東蔵の背後を区切る明治38年(1905年)の土塀。延長24メートルで、河原石の谷積基礎に漆喰塗の土塀を載せ、地形に合わせて北半分の基礎を石垣状に高くする。主屋北東の庭園の添景。

田中家住宅前座敷(洗耳亭)
三重県 明治
田中家住宅前座敷(洗耳亭)

波瀬宿の脇本陣を務めた田中家が明治16年(1883年)に街道南側の敷地に建てた客座敷。切妻造の西棟と入母屋造の東棟が高い石垣の上に雁行し、川側を開いて櫛田川の渓流を借景とする。資料館の公開日に見学できる。

田中家住宅南土塀
三重県 明治
田中家住宅南土塀

波瀬宿の脇本陣を務めた田中家の屋敷で、街道南側の敷地の西端を区切る明治後期の土塀。延長27メートルで、河原石の谷積基礎の上に古瓦を埋め込んだ壁を築き、中段に丸瓦の輪違や軒唐草の瓦を並べて文様をつくる。

長井家住宅(梅屋)事務所棟
三重県 明治
長井家住宅(梅屋)事務所棟

三重県紀北町の長井家住宅(梅屋)事務所棟は、明治中期に建てられた林業家の仕事場。入母屋造桟瓦葺の平屋で、踏込土間の付く板敷の事務室と、三畳と流しのある土間の休憩室を並べる。北辺の景観の要をなす。令和3年登録。

長谷園奥の蔵
三重県 明治
長谷園奥の蔵

伊賀焼窯元・長谷園の住まいの最も奥、離れの西に接して建つ明治期の土蔵造2階建の蔵。南東面の腰は海鼠壁、背面は竪板張と面ごとに仕上げを変え、離れや蔵と屋敷の北面をつくる。2015年に登録有形文化財。通常は非公開。

長谷園蔵
三重県 明治
長谷園蔵

伊賀焼窯元・長谷園の主屋の背後に建つ明治期の土蔵造2階建の蔵。かつての帳簿蔵で、桁行4.9m・梁間3mの小さな蔵ながら、小屋組にアーチ状の梁を用いる。2015年に登録有形文化財。離れ・奥の蔵と並ぶ北側の景観も解説する。