室町
Muromachi室町時代(1336 – 1573)の日本の文化財を一覧で閲覧できます。都道府県・種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
京都市左京区の慈照寺にある長享3年(1489年)上棟の楼閣建築で、本来の名は観音殿。一階を書院造の要素の濃い住宅風、二階を禅宗様の仏殿風とし、金閣とならぶ楼閣建築の双璧とされる。昭和26年に国宝へ指定された。
大阪市立東洋陶磁美術館が所蔵する中国・南宋時代の建盞。漆黒の釉面に銀色の粒状の斑文が内外全面に散り、その部分だけ金属的な光沢を放つ。関白秀次の所持と伝わり、昭和26年(1951年)に国宝に指定された。
大阪市の藤田美術館が所蔵する中国・南宋の天目茶碗。漆黒の釉面に粒状の斑文が浮かび、そのまわりが暈状に玉虫色の光沢を放つ。文化庁は内外両面に曜変があるのは本茶碗だけと記す。昭和28年に国宝に指定された。
岡山市の吉備津神社本殿及び拝殿は、応永32年(1425年)に足利義満の命で再建された社殿。入母屋を前後に連結する比翼入母屋造は他に例がなく、文化庁は由来を不明としている。昭和27年に国宝へ指定された。
沖縄県那覇市にある琉球第二尚氏王統の王陵で、1501年に三代尚真王が築造。自然の洞穴を利用した破風墓3室を石牆が囲み、洗骨の前後と被葬者の身分で室を使い分ける。平成30年に沖縄初の建造物国宝となった。
岐阜県高山市の安国寺にある応永15年(1408年)建立の経蔵で、員数は1棟。内部に八角の経庫が真柱を中心として回る輪蔵を備える。本体は一間四方で裳階が付く。昭和38年(1963年)に国宝へ指定された。
岐阜県多治見市の永保寺にある、開山の元翁本元をまつる堂である。礼堂にあたる昭堂と内陣の祀堂を相の間で複合し、様式から祀堂のほうがやや古いものと推定される。昭和27年(1952年)に国宝へ指定された1棟。
岐阜県多治見市の永保寺にある中形の禅宗仏殿で、桁行3間、梁間3間、裳階付。組物を柱上だけに置くなど禅宗様を簡略化し、前面を吹放つ。この簡略化が日本化の表れとして重視される。昭和27年に国宝へ指定された。
京都市東山区の東福寺にある5間3戸の2階2重門で、両山廊付、入母屋造の本瓦葺である。禅宗寺院でありながら構造は大仏様であり、木割が太く雄大な感がある。昭和27年(1952年)に国宝へ指定された1棟である。
京都市右京区嵯峨の清凉寺が所有する16幅の仏画で、文化庁は国の欄を宋、時代を北宋としている。日本で作られたものではない。重要文化財を経ることなく、昭和30年(1955年)に国宝へ指定されたものである。
京都市東山区の東福寺が所有する南宋時代の絵画1幅で、南宋の高僧である無準師範の全身を描いている。同名のもう一幅と同じ木箱に納められて伝来したものである。昭和27年(1952年)に国宝へ指定されている。
京都府の相国寺が所有する南宋時代の茶碗1口で、高さ6.7センチメートル、口径11.8センチメートル。内面は釉薬をかけない部分が文様になり、外側は逆にふりかけて斑文様とする。昭和28年に国宝へ指定された。
京都府の北野天満宮が所有する室町時代の太刀1口で、名称は刀身に刻まれた銘文をそのまま写したものである。年紀は応永九年までしか読めず、その先は不明とされる。昭和25年(1950年)に重要文化財となった。
京都府京都市の竜光院が所有する茶碗で、明治41年(1908年)に重要文化財、昭和26年(1951年)に国宝となった。両者のあいだには43年の開きがある。同じ名の物件が、重要美術品としても記録されている。
広島県広島市東区牛田新町にある室町時代後期の金堂1棟である。もとは山口にあった禅宗寺院の仏殿で、天正年間に移建された。明治33年に重要文化財、昭和33年(1958年)に国宝へと指定された1棟の堂である。
広島県福山市草戸町にある室町時代前期の五重塔1基である。本尊は平成5年の調査で大日如来から弥勒菩薩へと名が変わっている。大正2年に重要文化財、昭和28年(1953年)に国宝へと指定された1基の塔である。
山形県鶴岡市の羽黒山参道に建つ室町時代初期の五重塔。高さ29メートル余、三間五層の杮葺・素木造で、塔として正規の手法をとる。広島の明王院五重塔と並ぶ室町時代の代表例として、昭和41年に国宝へ指定された。
山口市の瑠璃光寺五重塔は嘉吉2年(1442年)頃の建立で、高さ31.2メートル。三重目より上に縁と高欄を設けない細身の姿で、初重内部の円形須弥壇は塔に他例がないとされる。昭和27年に国宝へ指定された。
山口県にある雪舟筆の絵巻1巻で、所有は公益財団法人毛利報公会である。京都国立博物館の四季山水図巻はこれを山水長巻と呼び、自らを山水小巻と位置づけているという。昭和26年(1951年)に国宝へ指定された。
山梨県山梨市三ケ所にある室町時代中期の仏殿1棟である。年代欄は1415年、解説は1333年とし、両者に82年もの開きがある。明治40年に重要文化財、昭和30年(1955年)に国宝へと指定された1棟である。