弥生
Yayoi弥生時代(300 BCE – 300 CE)の日本の文化財を一覧で閲覧できます。都道府県・種類・キーワードで絞り込み、詳しい解説や地図、旅行のヒントもご紹介します。
福岡市博物館が所蔵する弥生時代の純金製の印で、一辺2.3センチメートル、重さ108グラム。天明4年に志賀島で発見され、印面の五文字は王朝名・民族名・部族名の順という漢の外交制度を示す。昭和29年に国宝へ指定された。
島根県雲南市の加茂岩倉遺跡から平成八年に出土した弥生時代の銅鐸三十九口。一括出土数として全国最多で、大型鐸に小型鐸を納めた入れ子の状態で埋納されていた。平成十一年に重要文化財、平成二十年に国宝へ指定された。
福岡県前原市にある弥生時代の考古資料で、員数は一括とされている。主体部からの出土品を本体とし、周溝や土坑からの出土品のほうを附とする。平成18年(2006年)に国宝へと指定された、一括の考古資料である。
福岡県筑紫野市二日市南にある弥生時代の出土品である。同じ発掘で出た物が国と県とに分かれており、名称も点数も違っている。三つの地点からなり、平成16年(2004年)に重要文化財へと指定された一括である。
袈裟襷文銅鐸は福井県坂井郡大石村大字井向、現在の坂井市春江町から出土した弥生時代の青銅祭器で、昭和28年に重要文化財に指定された。丘陵ではなく福井平野の自然堤防上から出た異例の一点で、いまは愛知県内の個人が所有し非公開である。
山口県長門市の王屋敷遺跡から出土した「有柄細形銅剣」は、剣身・柄・把頭飾までを一鋳でつくった弥生時代中期の希少な青銅器です。国内に5例しかない有柄細形銅剣のうち、本州唯一の出土例として国の重要文化財に指定されています。明治34年の発見秘話、吉野ヶ里遺跡との不思議なつながり、そして向津具半島の絶景めぐりまで、長門で味わう古代ロマン旅をご案内します。
神戸市灘区で発見された国宝・桜ヶ丘銅鐸銅戈群は、銅鐸14個と銅戈7本の一括出土品です。弥生時代の絵画銅鐸など貴重な資料を神戸市立博物館で鑑賞できます。
神戸市灘区桜ヶ丘で発見された国宝・流水文銅鐸は、流麗な流水文様と弥生時代の人々の暮らしを描いた絵画表現で知られる青銅祭器です。神戸市立博物館での鑑賞ガイドと見どころを紹介します。
広島県庄原市の丘陵に残る八基の弥生時代墳墓。四隅突出型墳丘墓三基を含み、紀元前一世紀から一世紀ごろ、首長墓誕生の過程を一カ所で追える希少な遺跡として令和三年に国史跡に指定された。
唐津松浦墳墓群は、佐賀県唐津市の葉山尻支石墓群・大友遺跡・森田支石墓群・桜馬場遺跡からなる弥生時代の墓地群で、昭和41年に史跡に指定された。支石墓の受容と末盧国の王墓とみられる墓の姿を今に伝えている。
昭和55・56年、新発田市の村尻遺跡で発掘された弥生の墓坑群。高さ45.3センチの土偶形容器は頭部も顔もなく、人骨を納めた再葬の蔵骨器とみられる。一括18点が平成25年に重要文化財に指定され、現在は新潟県立歴史博物館に寄託されている。
大阪市平野区の瓜破遺跡から出土した蓋台付埦形土器は、弥生時代の高度な製作技術を伝える貴重な考古資料です。大阪歴史博物館での見どころ、アクセス情報、周辺観光スポットをご紹介します。
昭和59年、出雲市斐川町の斜面から銅剣358本が刃を立てた状態で出土し、数メートル西の坑から銅矛16本と銅鐸6個が続いた。全国の出土銅剣を一挙に倍増させ、昭和60年に重要文化財、平成10年に国宝へ指定された。
江戸時代に讃岐国(現在の香川県)で見つかったと伝わる弥生時代の絵画銅鐸。表裏六区画にシカ狩りやイノシシ狩り、高床倉、臼をつく人々が線刻され、頭の丸と三角で男女を描き分ける。銅鐸として初めて国宝に指定された名品。
奈良盆地南東、三輪山の北西麓に広がる纒向遺跡。3世紀前半の規格性ある大型建物群、2000個を超える桃の種、鍬を転用した木製仮面が出土し、初期ヤマト政権の中枢と邪馬台国論争の核心を今に問いかける国の史跡である。
福島県白河市の阿武隈川左岸、標高407メートルの独立丘陵頂部に位置する天王山遺跡は、弥生時代後期前半(およそ1世紀頃)の集落跡です。出土した土器は東北南部から北陸地方の標式資料「天王山式土器」として知られ、令和3年に国の史跡、令和6年には出土品が国の重要文化財に指定されました。整備された歩道で頂上まで登ることができ、白河市歴史民俗資料館では実物の出土品を見学できます。
兵庫県川西市の伊丹台地上に広がる弥生時代中期の大規模集落跡。東西800m・南北400mに及び、斜面に巡らされた珍しい環濠や板塀で囲まれた大型掘立柱建物が見つかった。平成12年に国史跡指定。出土した栄根銅鐸の複製は文化財資料館で見られる。
舟木遺跡は、兵庫県淡路市の淡路島北部の丘陵上にある弥生時代後期から終末期の集落遺跡で、令和3年に国の史跡に指定された。鍛冶工房や170点を超える鉄器が見つかった、鉄器生産と交易の拠点集落である。
昭和39年、神戸市灘区桜ヶ丘で銅鐸14口とともに偶然出土した大阪湾型銅戈7口。武器の形をしながら刃は研がれず、戦いを離れた弥生の祭器である。銅鐸とそろって国宝に指定され、神戸市立博物館で公開されている。