石山寺宝篋印塔とは ― 多宝塔の西に並ぶ2基のうちの1基
石山寺宝篋印塔は、滋賀県大津市の石山寺境内、多宝塔の西に立つ室町時代前期(南北朝時代)の石造宝篋印塔で、昭和36年(1961年)に重要文化財に指定された。文化庁の国指定文化財等データベースは構造形式を「石造宝篋印塔」、員数を1基、時代を「室町前期」としている。
多宝塔の西側には宝篋印塔が2基並んでいる。大津市の解説によれば、向かって右が源頼朝の供養塔、左が頼朝の姫の乳母と伝わる亀谷禅尼の供養塔で、重要文化財に指定されているのは左の1基である。寺の境内案内も、この2基のうち亀谷禅尼供養塔を重要文化財としている。
石山寺の境内には、これとは別に御影堂の前にも宝篋印塔が1基立っている。周囲にお砂踏みの石畳を敷いた塔で、参拝者の目に触れやすいが、指定を受けているのは多宝塔の西の塔のほうである。現地で見る際は取り違えに気をつけたい。
宝篋印塔という形と、この塔の価値
宝篋印塔は、宝篋印陀羅尼という経文を納めるための塔として始まり、のちに故人を弔う供養塔としても広く建てられるようになった石塔である。下から基礎・塔身・笠・相輪を積み上げ、笠の四隅に耳のような隅飾りを立てるのが基本の形になる。鎌倉時代から室町時代にかけて各地で盛んに造られた。
大津市は石山寺宝篋印塔について、室町時代前期に建てられ、宝篋印塔の典型的な形をしていると説明している。文化庁の年代区分では室町前期を1333年から1392年とし、ちょうど南北朝の動乱の時期にあたる。寺の案内も、亀谷禅尼供養塔を南北朝時代、隣の源頼朝供養塔をそれに続く時期のものとしている。
指定の対象は石塔1基であり、建物ではない。石山寺の重要文化財のなかで唯一の石造物で、中世の石工が残した造形を、多宝塔や本堂とは異なる素材で伝えている。
亀谷禅尼と石山寺
寺の伝えによれば、亀谷禅尼は源頼朝の二の姫の乳母で、石山寺の毘沙門天に戦勝を祈った中原親能の妻であった。剃髪して石山寺に住み「石山の尼」と呼ばれ、宝塔院を建てて本尊大日如来の胎内に頼朝の髪を納め、頼朝に石山寺の再興を勧めたという。
ただし塔そのものの年代は南北朝時代とされ、禅尼や頼朝が生きた鎌倉時代初期より100年以上のちになる。寺は、後世の人々が2人を供養するために建てたと考えられるとしている。塔の名は、頼朝の庇護を受けて伽藍を整えた石山寺の記憶を、後の時代に形にしたものと受け止めるのがよい。
石山寺宝篋印塔の見どころ
多宝塔の前から西へ回り込むと、2基の宝篋印塔が並んで立っている。向かって左が指定を受けた石山寺宝篋印塔である。
見比べてほしいのは、同じ形式の塔でも時代が少しずれると輪郭が変わる点である。笠の隅飾りの開き方、塔身の大きさと笠の張り出しの比率など、右の頼朝供養塔と左の塔を交互に見ると違いが分かる。大津市が「典型的な形」と評した左の塔は、各部の比例が整っている。
背後には多宝塔が立つ。上層が円形、下層が方形の木造の塔と、四角い部材を積み上げた石の塔を同じ視野に収められる場所は、境内でもここだけである。
石山寺宝篋印塔の見学方法
石山寺宝篋印塔は境内の上段、多宝塔の西の屋外に立っており、開門時間内であれば自由に見学できる。境内に入るには入山料が必要である。柵や囲いの内側には入らず、石塔に触れたり寄りかかったりしないようにしたい。
個人の撮影は申請なしで自由にできる。本堂の東から硅灰石の前を通り、石段を上がって多宝塔のある上段に出ると近い。境内への行き方、開門時間、入山料は石山寺のページにまとめてある。
Q&A
- 石山寺宝篋印塔はどれですか?境内に宝篋印塔がいくつかあると聞きました。
- 多宝塔の西に2基並ぶうち、向かって左の1基が重要文化財の石山寺宝篋印塔です。亀谷禅尼の供養塔と伝わります。御影堂の前にある宝篋印塔や、右の源頼朝供養塔は指定の対象ではありません。
- 石山寺宝篋印塔はいつ造られたのですか?
- 文化庁は室町時代前期(1333〜1392年)としており、南北朝時代にあたります。伝承上の供養の対象である亀谷禅尼が生きた鎌倉時代初期より後の造立です。
- 石山寺宝篋印塔はいつ重要文化財に指定されましたか?
- 昭和36年(1961年)3月23日に指定されました。員数は1基です。
- 宝篋印塔とは何ですか?
- 宝篋印陀羅尼という経文を納めるための石塔で、のちに供養塔としても建てられるようになりました。基礎・塔身・笠・相輪を積み重ね、笠の四隅に隅飾りを立てる形が特徴です。
- 石山寺宝篋印塔は写真を撮れますか?
- 屋外の石塔なので、個人の撮影であれば申請なしで自由に撮れます。境内に入るには入山料が必要です。
基本情報
| 名称 | 石山寺宝篋印塔(いしやまでらほうきょういんとう) |
|---|---|
| 所在地 | 滋賀県大津市石山寺1-1-1(石山寺境内、多宝塔の西) |
| 指定区分 | 重要文化財(建造物) |
| 指定年 | 昭和36年(1961年)3月23日 |
| 員数 | 1基 |
| 寸法 | 不明(文化庁の国指定文化財等データベースに記載なし)。構造形式は石造宝篋印塔 |
| 所有者 | 石山寺 |
| 公開状況 | 境内の屋外で見学可(入山料が必要) |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)― 石山寺宝篋印塔
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/1319
- 石山寺 宝篋印塔 ― 大津市
- https://www.city.otsu.lg.jp/bz/a/6/28/60800.html
- 境内のご案内 ― 大本山 石山寺 公式ホームページ
- https://www.ishiyamadera.or.jp/guide/precincts
- 参拝時のお願い(写真撮影について)― 大本山 石山寺 公式ホームページ
- https://www.ishiyamadera.or.jp/guide/request
最終更新日: 2026.09.26