太田家住宅見世蔵及び主屋とは
太田家住宅見世蔵及び主屋は、栃木県佐野市大和町にある太田家の屋敷で通りに面して建つ土蔵造の店舗と、その背後に続く住まいで、明治8年(1875年)頃の建築として令和3年(2021年)に国の登録有形文化財に登録された。
登録は見世蔵と主屋を合わせて1件とし、建築面積は2棟で145㎡になる。見世蔵は、呉服と太物を商った太田家の店として通りに向けて建てられた。主屋はその西に棟を直交させてつながる。読みは、文化庁のデータベースでは「おおたけじゅうたくみせぐらおよびおもや」である。
通りに向けた見世蔵の構え
太田家住宅見世蔵及び主屋のうち、見世蔵は土蔵造2階建、切妻造の桟瓦葺で、正面に下屋を通している。下屋は店先に張り出す低い屋根で、間口いっぱいに庇をかけて通りの客を迎える形になる。
2階は出桁造とし、軒裏まで漆喰で塗り込めている。出桁で軒を前へ持ち出しながら、その木部を土で包んで火から守る造りだ。棟を高く積み上げているのも、文化庁が店蔵の特徴として挙げる点である。
見上げたときの重さは、この高い棟と塗り込めの軒から来ている。
文化庁の解説は、重厚な見世蔵が通りの景観をつくっているとまとめる。太田家住宅の7件はいずれも「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として登録されたが、通りから見たときの主役は太田家住宅見世蔵及び主屋の見世蔵である。
見世蔵の奥に続く主屋
主屋は見世蔵の西に接続し、棟の向きを見世蔵と直角に変えている。2階建の切妻造桟瓦葺で、南側に下屋を付ける。通りに面した見世蔵が商いの場、奥の主屋が家族の暮らしの場という分担である。
見世蔵と主屋のほか、中蔵と西蔵も年代は明治8年(1875年)頃とされる。店と住まいと蔵が、ほぼ同じ時期にまとめて建てられたとみられる。太田家住宅見世蔵及び主屋は、その建て替えの中心にあった建物ということになる。
太田家住宅見世蔵及び主屋の見学
太田家住宅見世蔵及び主屋は個人の住まいで、内部は公開されていない。栃木県の文化財ページでも、公開状況は「外観のみ」とされている。
見世蔵は通りに面しているため、太田家住宅のなかでは最も見やすい建物になる。正面の下屋、2階の塗り込めた軒、高く積んだ棟を、道路の向かい側から順に確かめたい。主屋は見世蔵の奥にあたり、道路からは見世蔵に隠れる部分が多いと考えられる。屋敷への行き方は太田家住宅(佐野市)のページにまとめてある。
Q&A
- 太田家住宅見世蔵及び主屋はいつ建てられましたか?
- 文化庁のデータベースでは明治8年(1875年)頃の建築です。令和3年(2021年)に登録有形文化財に登録されました。
- 太田家住宅見世蔵及び主屋の見世蔵とはどんな建物ですか?
- 通りに面した店舗用の土蔵で、土蔵造2階建、切妻造桟瓦葺です。正面に下屋を通し、2階は出桁造で軒裏まで漆喰で塗り込めています。
- 太田家住宅見世蔵及び主屋の主屋はどこにありますか?
- 見世蔵の西に、棟の向きを直角に変えて接続しています。2階建の切妻造桟瓦葺で、南側に下屋が付きます。
- 太田家住宅見世蔵及び主屋が登録有形文化財になった理由は?
- 「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として登録されました。重厚な見世蔵が通りの景観をつくっている点が評価されています。
- 太田家住宅見世蔵及び主屋は見学できますか?
- 内部は非公開で、見学は道路からの外観に限られます。JR両毛線の佐野駅から歩いて約10分です。
基本情報
| 名称 | 太田家住宅見世蔵及び主屋 |
|---|---|
| 所在地 | 栃木県佐野市大和町字江戸町2582-2 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 指定年 | 令和3年(2021年)登録 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 建築面積145㎡ |
| 所有者 | 個人 |
| 公開状況 | 外観のみ公開(個人所有) |
参考文献
最終更新日: 2026.09.30