平岡家住宅西塀とは

平岡家住宅西塀は、徳島県海部郡海陽町大里にある明治前期(1868〜1882年)築造の石垣の塀で、令和4年(2022年)に国の登録有形文化財に登録された。読みは「ひらおかけじゅうたくにしへい」。屋敷の西側の通りに沿って築かれた石造の塀で、データベースの構造欄は延長21メートル、文化庁の解説では延長21.2メートルとする。

文化庁は平岡家住宅西塀を「国土の歴史的景観に寄与しているもの」という基準で登録し、城下の歴史的景観に寄与する重厚な石垣と評した。塀の向かいは、通りを挟んで武家町にあたる。

通りから主屋へ折れるL字の石垣

平岡家住宅西塀は、通り沿いに延びたのち、主屋へ向かって折れるL字形の平面をとる。囲まれた内側は、主屋の表座敷が面する庭である。通りに対しては屋敷の外郭を示し、内側では庭の縁取りになる。

石は砂岩の割石で、割ったままの石を6段、横の目地を通して積む布積とする。形の揃わない割石を段ごとに水平に揃えて積み上げているため、近くで見ると石の大きさの違いと、段の線の通り方の両方が目に入る。

反りを付けた出角

見どころは角である。L字の外側に突き出る出角は、長い石の長辺と短辺を交互に組み合わせて積む算木積とし、上に向かって反りを付けている。垂直に立ち上げるのではなく、裾から上へわずかに弧を描くように積んだ角で、城の石垣にも通じる手法である。

文化審議会の答申資料も、出隅に反りを付けて重厚な構えとなると記す。通りの向こうの武家町に対して、農家の屋敷がこうした構えを見せている点が、平岡家住宅西塀のおもしろさである。

平岡家住宅の5件のうち、明治5年(1872年)の主屋に次いで古いのがこの西塀である。

平岡家住宅西塀の見学

平岡家住宅西塀は屋敷の西の通りに面しているため、平岡家住宅の5件の中で、通りから最もよく見える。敷地の内部は公開されていないが、通りに立てば6段の布積みと反りのある出角を外から確かめられる。

文化庁のデータベースは、北西から見た全体の外観と南東の隅の写真を載せている。撮影についての案内はないので、通行の妨げにならない範囲で、敷地に入らずに眺めたい。行き方は平岡家住宅のページで確認できる。

Q&A

Q平岡家住宅西塀は見られますか?
A屋敷の西の通りに面した石垣なので、通りから外観を見ることができます。敷地の内部は公開されていません。
Q平岡家住宅西塀はいつ築かれましたか?
A明治前期(1868〜1882年)で、平岡家住宅の5件の中では主屋に次いで古い年代です。
Q平岡家住宅西塀の長さはどのくらいですか?
Aデータベースの構造欄では延長21メートル、文化庁の解説では延長21.2メートルです。
Q平岡家住宅西塀はどのように積まれていますか?
A砂岩の割石を6段の布積とし、出角は算木積で上に向かって反りを付けています。
Q平岡家住宅西塀の向かいには何がありますか?
A文化庁の資料によれば、通りを挟んだ向かいは武家町です。石垣は通りから主屋へL字形に折れ、主屋の表座敷が面する庭を囲んでいます。

基本情報

名称平岡家住宅西塀(ひらおかけじゅうたくにしへい)
所在地徳島県海部郡海陽町大里字飯持18
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年令和4年(2022年)登録
員数1基
寸法延長21メートル(石造)
所有者非公表
公開状況公開の案内なし

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)平岡家住宅西塀
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00014297
文化遺産オンライン 平岡家住宅西塀
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/521777
文化庁 文化審議会の答申(登録有形文化財(建造物)の登録)令和4年3月18日(PDF)
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/yukei_kenzobutsu/pdf/93681601_01.pdf
徳島県 徳島県の文化財
https://www.pref.tokushima.lg.jp/ippannokata/kyoiku/bunka/7240152/

最終更新日: 2026.09.29