高橋家住宅藍寝床(東納屋)とは

高橋家住宅藍寝床(東納屋)は、徳島県徳島市南矢三町にある明治初期建築の木造2階建、瓦葺の藍製造用の建物で、平成11年(1999年)8月23日に国の登録有形文化財に登録された。読みは「あいねどこ(ひがしなや)」。主屋の南東、屋敷地の南東隅に建ち、建築面積は121平方メートルある。

「寝床(ねどこ)」は、藍の葉を発酵させて染料の蒅(すくも)をつくる作業場を指す徳島の言葉である。藍住町の解説によると、秋に寝床へ乾燥葉藍を積み、水を打ちながら発酵させ、20回ほどの切り返しを100日ほど続けて蒅に仕上げる。高橋家住宅藍寝床(東納屋)は、高橋家の藍づくりの現場だった建物である。

高橋家住宅藍寝床(東納屋)が登録された理由

高橋家住宅藍寝床(東納屋)の登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。文化庁は、外壁の一部に近年の改造がみられるとしながらも、この建物を藍製造農家の屋敷構えを示す主要な建物のひとつと評価している。

高橋家住宅では、主屋が江戸時代の農家であるのに対し、藍寝床は明治の初めに加わった建物で、元藩士の家が藍づくりを家業としたことを形として残している。

高橋家住宅藍寝床(東納屋)の見どころ

建物の形は、2階建の主体部の南と西に、広い作業用の庇を差し出したものである。庇の下がそのまま作業の場になる構えで、藍寝床という建物の性格がもっともよく表れた部分である。

外壁は下見板張り。横長の板を少しずつ重ねて張った壁で、土蔵造の西納屋や蔵とは外観の印象がはっきり異なる。一部の壁には近年手が加えられているので、古い板と新しい仕上げの違いにも目を向けたい。

高橋家住宅藍寝床(東納屋)は、練塀の東端が西面に取り付く位置にあり、屋敷の正面の東の端を締めている。

高橋家住宅藍寝床(東納屋)の見学

高橋家住宅藍寝床(東納屋)は個人の屋敷の建物で、内部は公開されていない。2026年10月の時点で、見学会や公開日の案内は見つからなかった。

屋敷地の南東隅に建ち、正面の練塀とつながっているため、外から建物の一部を見られる可能性がある。見学は敷地の外からにとどめ、中には立ち入らないこと。

Q&A

Q高橋家住宅藍寝床(東納屋)の「藍寝床」とは何ですか?
A藍の葉を発酵させて染料の蒅(すくも)をつくる作業場です。高橋家住宅藍寝床(東納屋)は、藍製造のために用いられた建物と文化庁が解説しています。
Q高橋家住宅藍寝床(東納屋)はいつ建てられましたか?
A明治初期の建築とされます。寛政11年(1799年)の主屋より後、高橋家が藍の製造を行った時代の建物です。
Q高橋家住宅藍寝床(東納屋)はどのような建物ですか?
A木造2階建、瓦葺で、建築面積は121平方メートルです。主体部の南と西に広い作業用の庇を設け、外壁に下見板を張っています。
Q高橋家住宅藍寝床(東納屋)は登録有形文化財ですか?
Aはい。平成11年(1999年)8月23日に国の登録有形文化財に登録されました。登録番号は36-0023、登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」です。
Q高橋家住宅藍寝床(東納屋)の中は見学できますか?
Aできません。高橋家住宅藍寝床(東納屋)は個人の屋敷の建物で、2026年10月時点で公開の案内はありません。外から見るにとどめてください。

基本情報

名称高橋家住宅藍寝床(東納屋)(たかはしけじゅうたくあいねどこ(ひがしなや))
所在地徳島県徳島市南矢三町2-5-22
指定区分登録有形文化財(建造物)、登録番号36-0023
指定年平成11年(1999年)8月23日登録
員数1棟
寸法木造2階建、瓦葺、建築面積121平方メートル
所有者個人
公開状況非公開(個人住宅)。一般公開の案内なし(2026年確認)

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「高橋家住宅藍寝床(東納屋)」
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00001301
文化遺産オンライン「高橋家住宅藍寝床(東納屋)」
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/138571
藍住町「すくもの加工」(藍住町歴史館 藍の館)
https://www.town.aizumi.lg.jp/ainoyakata/sukumono.html
徳島県「国・県指定文化財件数一覧(令和7年(2025年)9月26日時点)」
https://www.pref.tokushima.lg.jp/file/attachment/1072671.pdf

最終更新日: 2026.10.02