木造の意匠を写した鉄筋コンクリートの堂
東京・芝、増上寺の大きな三解脱門から東へ少し歩いた一角に、小さな堂が建っている。素材は鉄筋コンクリートでありながら、屋根の形も、柱の構えも、正面の向拝の彫りも、ひと昔前の木造仏堂のそれを映している。これが常行院の納骨堂である。常行院は、増上寺を取り囲むように点在してきた山内寺院、いわゆる子院のひとつにあたる。
規模は決して大きくない。建築面積はおよそ33平方メートル、瓦葺の屋根を載せた平屋の一棟である。竣工は昭和6年(1931年)。震災からの復興がなお続いていた時期の建物だった。地元の記録によれば、大正12年(1923年)の関東大震災後の復興事業の一環として建てられたと伝わる。耐火性に優れた鉄筋コンクリートが、木造に代わって市中に広がりはじめた頃のことである。
この堂を特徴づけるのは、つくり手の選択にある。初期の鉄筋コンクリート建築にみられる簡素で実用本位の意匠ではなく、新しい素材を使ってあえて木造の霊廟風の姿を再現した。組物の表現や窓の形まで、木の堂に倣っている。日本の宗教建築が近代という時代をどのように越えていったか、その一例がここに残されている。
登録の理由と価値
常行院納骨堂は、令和4年(2022年)2月に登録有形文化財となった。登録番号は13-0460である。ここで、登録という制度について整理しておきたい。日本の文化財には「指定」と「登録」の区別がある。国宝や重要文化財を生む指定は、とりわけ傑出した作品を選び、強い保護を加える仕組みである。一方の登録は、平成8年(1996年)に設けられた比較的緩やかな制度で、近代を中心とした数多くの建物、すなわち街並みに性格を与え、後世に残す価値のある建築を広く対象とする。
この納骨堂は、国土の歴史的景観に寄与しているという基準で登録された。その値うちは、突出した一点の細工にあるというより、何を体現しているかにある。木造の霊廟意匠を鉄筋コンクリートで写した、数少ない現存例だという点である。かつて増上寺の境内には、徳川将軍家のために営まれた木造の霊廟が立ち並んでいた。その多くは昭和20年(1945年)の空襲で失われた。霊廟の形を借りて建てられ、戦災をくぐり抜けたこの堂は、消えた景観の残響をいまに留めている。
見どころ
この建物の面白さは細部にあり、ゆっくり眺めるほど応えてくれる。屋根は入母屋造で、格式ある堂宇に多い形を桟瓦で葺き、長辺ではなく妻側から入る妻入とする。木組みでつくられるはずの納まりが、コンクリートを成形して再現されている。
主体部は太い円柱で支えられる。柱と柱のあいだには長押が廻る。木造の軸組を締める水平材を、ここではコンクリートで写したものである。壁面には花頭窓が設けられている。先のとがった輪郭をもつこの窓は、中世に禅宗とともに日本の寺院建築へ入ってきた様式である。
正面の向拝は、最も装飾的な部分だ。頭上には唐破風が架かる。ゆるやかに波打つこの破風の二重の曲線は、格の高い日本建築を示す意匠のひとつである。その下では角柱が虹梁を受け、梁の上の空間を蟇股が埋める。いずれも寺の大工が手間を惜しまず仕上げた要素であり、コンクリートの職人たちはそれを忠実に写し取った。
内部は一室の簡素な構成で、焼骨を納める棚が地下に設けられている。現役の納骨堂であるため、堂内は見学のための空間ではなく、故人を弔う場である。建物は外から眺め、周囲の街並みの一部として読み解くのがふさわしい。
周辺の見どころとアクセス
この納骨堂は、増上寺の懐に抱かれた位置にある。増上寺は明徳4年(1393年)に開かれ、慶長3年(1598年)に現在の芝の地へ移った浄土宗の大本山である。徳川将軍家の菩提寺として江戸有数の大寺院となり、境内には6人の将軍が葬られている。
すぐ近くには、元和8年(1622年)建立の三解脱門が立つ。東京でも最古級の木造建築であり、重要文化財に指定されている。境内の建物の大半が昭和20年(1945年)の空襲で焼けたなかで、戦災を免れた数少ない一棟である。なお三解脱門は長期の保存修理が続いており、2030年代初頭まで覆いに包まれる予定とされる。訪れた際には朱塗りの姿が見えない場合がある点に留意したい。
そのほど近くには、二代将軍徳川秀忠の霊廟、台徳院霊廟の惣門が残る。これも重要文化財で、戦災を逃れた数少ない霊廟の門のひとつであり、現在はザ・プリンスパークタワー東京の入口付近に立つ。コンクリートの納骨堂とこれらの門をたどれば、かつて境内を貫いていた参道の姿を、断片からではあるが思い描くことができる。
寺の背後には東京タワーがそびえ、古いものと新しいものの対比がこの界隈で最もよく知られた眺めをつくる。交通の便もよい。都営三田線の御成門駅・芝公園駅から徒歩約3分、大門駅からも近く、JR浜松町駅からは徒歩およそ10分である。
Q&A
- 常行院納骨堂の内部は見学できますか。
- 焼骨を納める現役の納骨堂であり、博物館ではないため、内部は観光のために公開されていません。建物は外観を眺めて楽しむもので、木造寺院建築をコンクリートで写した姿は外からよく見えます。
- なぜ昭和6年に寺院の堂を鉄筋コンクリートで建てたのですか。
- 関東大震災とそれに続く火災のあと、耐火性のある鉄筋コンクリートが東京で急速に普及しました。宗教建築をコンクリートで建てつつ伝統的な意匠を保つことで、耐久性のある建物としながら、視覚的には旧来の境内に溶け込ませることができたのです。
- 登録有形文化財と指定文化財は何が違うのですか。
- 指定は、とくに優れた作品を重要文化財や国宝として選び、強い法的保護を加える仕組みです。登録は平成8年に設けられた緩やかな制度で、近代の建物を含め、地域の景観を形づくり保存に値する幅広い建築を対象とします。この納骨堂は登録の側にあたります。
- 見学にはどのくらい時間を見ておけばよいですか。
- 納骨堂そのものは数分で眺められます。増上寺、三解脱門、現存する台徳院霊廟の門、東京タワーと組み合わせれば、この界隈で半日ほどは過ごせます。
基本情報
| 名称 | 常行院納骨堂(じょうぎょういんのうこつどう) |
|---|---|
| 所在地 | 東京都港区芝公園二丁目11-1 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物)/令和4年(2022年)2月17日登録/登録番号13-0460 |
| 年代 | 昭和6年(1931年) |
| 構造・員数 | 鉄筋コンクリート造平屋建、瓦葺、建築面積約33㎡/1棟 |
| 所有者 | 常行院(宗教法人) |
| アクセス | 都営三田線 御成門駅・芝公園駅から徒歩約3分、大門駅から近く、JR浜松町駅から徒歩約10分 |
| 公開状況 | 現役の納骨堂。外観は見学可、内部は非公開 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00014142
- 文化遺産オンライン(国立情報学研究所)常行院納骨堂
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/573092
- 大本山 増上寺 公式サイト
- https://www.zojoji.or.jp/
- 東京の観光公式サイト GO TOKYO 増上寺
- https://www.gotokyo.org/jp/spot/47/index.html
最終更新日: 2026.06.21