将軍家最後の霊廟から、門ひとつ

有章院(徳川家継)霊廟二天門は、東京都港区芝公園三丁目にある享保2年(1717年)建立の霊廟門で、昭和5年(1930年)5月23日の指定を受けた国の重要文化財である。有章院は江戸幕府7代将軍・徳川家継の院号にあたる。

家継は幼くして将軍職を継ぎ、正徳6年(1716年)に数え8歳で世を去った。8代将軍となった徳川吉宗は、芝の増上寺境内にその霊廟を造営させ、翌享保2年に完成させている。ところが吉宗はその後、将軍霊廟の造営そのものを禁じた。結果として有章院霊廟は徳川将軍家が建てた最後の霊廟となり、この門はその最後の造営が残した唯一の建物ということになる。

霊廟の規模は小さくない。二天門、勅額門、拝殿、霊屋、鐘楼などが連なり、日光東照宮に劣らないと評された。昭和20年(1945年)の東京大空襲で、そのほとんどが焼け落ちる。二天門だけが焼け残った。

門を読む

文化庁の国指定文化財等データベースは、構造形式を三間一戸八脚門、切妻造、銅瓦葺と記載する。三間の幅に中央一箇所だけ通路を開く八脚門で、屋根は切妻に銅瓦を葺いている。全体は総朱漆塗で、組物や垂木の一部に黒漆が差される。中央には両開きの桟唐戸。左右二間は通路ではなく、像を納める場所であり、この門の名はそこから来ている。二天とは二躯の天部像を指す。

安置されているのは西方を守る広目天と、北方を守る多聞天。寄木造に彩色を施し、目には玉眼を嵌入する。この二天像は港区指定文化財であり、国の重要文化財である門本体とは保護の階層が異なる点に注意したい。広目天は筆と巻子を手にする。見たものを書きとめる神格の持物である。多聞天は右手を腰に当て、左手に戟を執る。いずれも邪鬼の上に立ち、像高はそれぞれ219.0センチメートルと212.1センチメートルを測る。

修理のために像を解体したとき、体内から墨書が現れた。享保元年(1716年)の造像であること、作者が京都七条仏師の二十八世法橋康傳とその弟子であることが、そこに書かれていた。七条仏師の事績を記した「本朝大佛師正統系図并末流」からも、この像が霊廟建立に際して二天門へ納められたものだと確かめられる。作者・制作年・制作背景がそろって判明する作例は多くない。この発見によって、二天像は京仏師が幕府のために手がけた造像を考えるうえでの基準作となった。

なお昭和5年の指定は旧・国宝保存法のもとで行われたもので、昭和25年(1950年)の文化財保護法施行にともない重要文化財として扱われている。

いまどこにあり、どう見るか

門は創建の場所には建っていない。昭和35年(1960年)に現在地へ移され、昭和37年(1962年)には剥落した塗装や飾金具の修理が、敷地を取得したホテル会社の負担で行われた。それから半世紀、日比谷通りの交通量が増えるにつれて排気ガスの影響も重なり、漆の劣化が進む。平成27年(2015年)8月に保存修理工事が始まり、当初の予定より1年ほど延びて令和元年(2019年)7月に完了した。金具は職人が一つずつ手作りし、鍍金を何度も重ねている。

場所は東京プリンスホテル敷地の北東角、都営地下鉄三田線・御成門駅A1出口のすぐ脇で、日比谷通りに正面を向けて建つ。駅の出口から歩いて2分ほど。背後の西寄りに東京タワーが立ち上がるため、通りかかった人が足を止めて撮影する場所になっている。

拝観料も拝観時間も設定されていない。入る建物ではないからである。参道側は柵で閉じられ、中央の扉が開くこともない。歩道から眺める形になり、時間帯を選ばず、費用もかからない。路上からの撮影に制限はない。左右の間に立つ二天像は開口部越しに見えるので、扉の金具とあわせて数分立ち止まる価値がある。南へ徒歩10分ほどの位置には増上寺があり、三解脱門や徳川家墓所とあわせて回るとよい。

Q&A

Q有章院霊廟二天門は門をくぐれますか。拝観料と拝観時間は?
Aくぐることはできません。参道側は柵で閉じられ、中央の扉も開きません。歩道から外観を眺める形になり、拝観料も拝観時間も設定されていないため、時間帯を問わず無料で見学できます。路上からの撮影に制限はありません。
Q有章院とは誰のことで、有章院霊廟はなぜ建てられたのですか?
A有章院は江戸幕府7代将軍・徳川家継の院号です。家継が正徳6年(1716年)に幼くして没したのを受け、8代将軍・徳川吉宗が増上寺境内に霊廟を造営させ、享保2年(1717年)に完成しました。吉宗はその後将軍霊廟の造営を禁じたため、これが最後の将軍霊廟となりました。
Q有章院霊廟のうち、なぜ二天門だけが残っているのですか?
A霊廟は二天門、勅額門、拝殿、霊屋、鐘楼などから成り、日光東照宮に劣らないと評されていましたが、昭和20年(1945年)の東京大空襲でほとんどが焼失しました。二天門は焼け残り、霊廟跡地は現在、東京プリンスホテルと芝公園の敷地になっています。
Q有章院霊廟二天門に安置されている二天像はどのようなものですか?
A西方を守る広目天と北方を守る多聞天で、像高は219.0センチメートルと212.1センチメートルです。体内の墨書から享保元年(1716年)の造像で、作者は京都七条仏師の二十八世法橋康傳とその弟子と判明しました。二天像は港区指定文化財で、門本体の国指定とは階層が異なります。
Q有章院霊廟二天門へのアクセスを教えてください。
A都営地下鉄三田線・御成門駅A1出口のすぐ脇、東京プリンスホテル敷地の北東角に、日比谷通りに面して建っています。駅出口から徒歩約2分です。南へ徒歩10分ほどで増上寺に至ります。

基本情報

名称有章院(徳川家継)霊廟二天門
所在地東京都港区芝公園三丁目3番
指定区分重要文化財(近世以前) 指定番号01438
指定年昭和5年(1930年)5月23日
員数1棟
寸法三間一戸八脚門、切妻造、銅瓦葺、享保2年(1717年)建立
所有者文化庁データベースに記載なし
公開状況歩道から外観を常時無料で見学可。門をくぐることはできない

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース — 有章院(徳川家継)霊廟二天門
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/102/514
港区立郷土歴史館 港区文化財総合目録 — 木造二天立像
https://www.minato-rekishi.com/museum/2019/09/R01-02.html
Kissport(港区スポーツふれあい文化健康財団) — 港区今昔STORY 第7回 有章院(徳川家継)霊廟二天門
https://www.kissport.or.jp/spot/tanbou/1911/
港区観光協会 VISIT MINATO CITY — 有章院霊廟二天門
https://visit-minato-city.tokyo/ja-jp/places/2062

最終更新日: 2026.08.22