村野家住宅穀蔵とは

村野家住宅穀蔵は、東京都東久留米市柳窪4丁目にある江戸末期(1830〜1868年)の土蔵造2階建の蔵で、平成23年(2011年)1月26日に国の登録有形文化財に登録された。読みは「こくぐら」。建築面積は37平方メートルある。

村野家住宅穀蔵は主屋の南西に建ち、北隣に新蔵が並ぶ。文化庁のデータベースは年代を「江戸末期/江戸末期移築」としており、江戸末期に建てられ、同じ江戸末期のうちに現在地へ移されたことになる。移築前の場所は、確認できた資料には記されていない。

置屋根と大谷石の腰

村野家住宅穀蔵は東西に棟を通した切妻造の妻入で、屋根は鉄板葺である。規模は桁行7.3メートル、梁間4.6メートル。屋根は土蔵の本体とは別に架けた置屋根で、壁の上に屋根を載せる形をとる。置屋根は、火災で屋根が焼け落ちても蔵の本体を守りやすくする工夫とされる。

外壁は腰まわりに切石を4段張り、その上を漆喰で仕上げる。文化庁の解説はこの石を大谷石とし、大谷石の腰と白漆喰が清楚な外観をつくっていると評している。灰緑色がかった石の帯と白い壁の上下の対比が、村野家住宅穀蔵のいちばんの見どころである。

掛子塗の扉と板張の内壁

村野家住宅穀蔵の東面の開口には、両開きの扉を吊る。扉は掛子塗で、扉の縁を段状に塗り重ねて、閉じたときに枠とぴたりと噛み合うように仕上げる土蔵の扉の技法である。

内部の壁は板張とする。穀蔵という名のとおり、畑作を中心とした柳窪の農家で収穫した穀物を納める蔵であったと考えられるが、具体的な用途を記した資料は確認できなかった。

村野家住宅穀蔵の見学

村野家住宅穀蔵は個人の屋敷のなかにあり、ふだんは見学できない。春と秋の特別見学会では、ガイドの案内で屋外から見ることができるが、蔵の内部には入らない(2026年9月確認)。見学会では東面に回ると、掛子塗の扉と4段の石張りを同じ視野に収められる。北隣の新蔵と並ぶ姿もあわせて見ておきたい。撮影の公式な案内は見当たらない。見学会と行き方は村野家住宅のページにまとめてある。

Q&A

Q村野家住宅穀蔵はいつ建てられましたか?
A江戸末期(1830〜1868年)の建築で、同じ江戸末期のうちに現在地へ移築されたと文化庁のデータベースに記されています。
Q村野家住宅穀蔵の読み方は?
A「むらのけじゅうたくこくぐら」です。
Q村野家住宅穀蔵の壁の石は何ですか?
A腰まわりに切石を4段張っており、文化庁の解説はこれを大谷石としています。上部は漆喰仕上げです。
Q村野家住宅穀蔵の大きさは?
A桁行7.3メートル、梁間4.6メートル、建築面積37平方メートルの土蔵造2階建です。
Q村野家住宅穀蔵の中は見学できますか?
A内部は公開されていません。春と秋の特別見学会で、ガイドの案内により屋外から見学できます(2026年9月確認)。

基本情報

名称村野家住宅穀蔵
所在地東京都東久留米市柳窪4-283
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成23年(2011年)登録
員数1棟
寸法桁行7.3m、梁間4.6m、建築面積37㎡(土蔵造2階建、鉄板葺)
所有者株式会社兼七
公開状況通常非公開(春・秋の特別見学会で屋外から見学)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)村野家住宅穀蔵
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00008422
文化遺産オンライン村野家住宅穀蔵
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/169598
東久留米市 国登録有形文化財(建造物)
https://www.city.higashikurume.lg.jp/shisei/profile/bunkazai/1002392.html
村野家住宅(顧想園)公式サイト 2026年秋の特別見学会 日程のお知らせ
https://www.kosoen.tokyo/2026/09/2025.html

最終更新日: 2026.09.30