𣇃米公民館とは

𣇃米公民館は、山梨県南巨摩郡富士川町𣇃米にある、昭和3年(1928年)11月に竣工した木造平屋建の公民館で、平成29年(2017年)5月2日に国の登録有形文化財(建造物)となった。読みは「つきよねこうみんかん」。昭和天皇の御大典記念事業として公会堂の名で計画された(文化庁、山梨県)。

文化庁の記録では、木造平屋建、瓦葺、建築面積205平方メートルで、登録番号は19-0098、所有者は富士川町である。山梨県の文化財ガイドは地名を「舂米」と表記している。

地区の人々が建てた公会堂

山梨県によれば、𣇃米地区は笛吹川と釜無川の合流点よりやや西側の山麓に位置し、公民館は地区のほぼ中心に建つ。設計・施工は地元の大工棟梁・大久保峰吉で、材木や左官などもできるだけ地区内で賄い、下働きは青年団などが担った。

養蚕が盛んな時期には、𣇃米公民館の集会室は繭の検査・出荷所としても使われ、演芸などの催しや青年団の行事も開かれた。今も地区の行事や集会に使われている(山梨県)。

登録有形文化財としての価値

𣇃米公民館は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として登録された。文化庁の解説は、公民館建築としては比較的大規模で、今日まで地域で広く親しまれていると評価する。山梨県は、近代化を進める日本の地方で、住民の活動や地域発展への思いが刻まれた貴重な建物とする。

見どころ

文化庁によれば、緩やかな斜面地に建ち、入母屋造桟瓦葺で、南側正面には起り屋根(むくりやね、上に膨らむ曲線の屋根)の庇を設ける。南寄りに舞台を備えた60畳大の集会室があり、北半には畳敷きの部屋が並ぶ。

山梨県によれば、窓庇が建物を廻り、脇出入口の上にも腕木で持ち出した起り屋根状の庇が付く。窓庇の持ち送りや床下換気口の鋳鉄製金物など細部も当時の姿をとどめ、「公」の字が入ったかつての鬼瓦が保管されている。平成13年(2001年)には北西側に収納や便所が増築された。

見学について

𣇃米公民館は地区の行事や集会に使われている現役の公民館で、所在地は富士川町𣇃米1237。内部の公開情報は確認できないため、見学は外観にとどめ、利用者の迷惑にならないよう配慮したい。

Q&A

Q𣇃米公民館はいつ建てられましたか?
A昭和3年(1928年)11月に竣工しました(山梨県)。
Q誰が建てましたか?
A地元の大工棟梁・大久保峰吉が設計・施工し、地区の人々や青年団が協力しました(山梨県)。
Q建物の特徴は?
A入母屋造桟瓦葺で、正面に起り屋根の庇を設け、舞台付きの60畳大の集会室をもちます(文化庁)。
Q集会以外にどう使われましたか?
A養蚕が盛んな時期には繭の検査・出荷所としても使われました(山梨県)。
Q𣇃米公民館が登録有形文化財になったのはいつですか?
A平成29年(2017年)5月2日です。

基本情報

名称𣇃米公民館(つきよねこうみんかん)
所在地山梨県南巨摩郡富士川町𣇃米1237
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成29年(2017年)5月2日登録
員数1棟
寸法木造平屋建、瓦葺、建築面積205平方メートル
所有者富士川町
公開状況地区の公民館として使用、外観のみ

参考文献

𣇃米公民館(国指定文化財等データベース)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00011503
舂米公民館(山梨の文化財ガイド、山梨県)
https://www.pref.yamanashi.jp/bunka/bunkazaihogo/bunkazai_data/yamanashinobunkazai_ty0094.html

最終更新日: 2026.10.11