旧加藤商会ビル ― 納屋橋の角に残る昭和初期の小さな事務所建築
広小路通が堀川と交わる地点、納屋橋の東詰北側の角に、東南の角を丸く落とした三階建ての建物が建つ。旧加藤商会ビルである。昭和六年(一九三一)頃、貿易商の加藤勝太郎が株式会社加藤商会の本社として建てた。建築面積はおよそ七十七平方メートル、東西約十・一メートル、南北約七・六メートルという小ぶりな規模だが、鉄筋コンクリート造の外観は数字以上の存在感をもつ。
この敷地にはもともと煉瓦造の加藤商会の建物があった。加藤はそれを取り壊し、耐震性の高い鉄筋コンクリート造へ建て替えている。昭和初頭の名古屋の実業家としては、先を見据えた選択だった。
一階は石貼風に仕上げ、二階と三階は煉瓦タイル張りとする。軒に近い柱頭には小さな飾りが置かれ、前代の大正期に育まれた意匠の好みが、昭和初期の商業建築に持ち込まれている。
シャムの米から領事館へ
加藤勝太郎は、現在の稲沢市にあたる愛知県中島郡大里村の出身である。名古屋商業学校を卒業後、イギリス領香港でおよそ六年間研鑽を積み、大正元年(一九一二)に帰国して輸出入の事業を起こした。当時シャムと呼ばれた現在のタイから米などを輸入する取引が、その商いの大きな柱だった。
この結びつきは思いがけない重みをもたらす。昭和十年(一九三五)、加藤はシャム国名誉領事に任じられ、同年から昭和二十年(一九四五)まで、この建物の中にシャム国領事館の事務所が置かれた。地方都市の小さな事務所ビルが、機能としては会社の社屋でありながら、任命によって外国の在外公館を兼ねるという二重の顔をもったことになる。
戦争末期の空襲は名古屋の中心部の多くを焼いた。そのなかで旧加藤商会ビルは焼け残り、納屋橋周辺にわずかに残る戦前の建物のひとつとなった。戦後は所有者が替わり、一時は外壁が看板で覆われて広告塔のように扱われた時期もある。平成十二年(二〇〇〇)、当時の所有者であった中埜産業株式会社から名古屋市へ寄贈され、平成十三年(二〇〇一)四月に国の登録有形文化財となった。
「登録」という区分について
この建物が受けている保護の種類は、正確に押さえておきたい。日本の建造物の文化財保護には二つの系統がある。古くからあるのは国宝・重要文化財の「指定」で、歴史的・芸術的に最も高い格をもつものに限られる。これに対し、平成八年(一九九六)の文化財保護法の一部改正で導入されたのが「登録」の制度で、築後五十年以上を経て、国土の歴史的景観に寄与している建造物を幅広く対象とする。
旧加藤商会ビルは後者にあたる。登録は、指定よりも緩やかで柔軟な保護の枠組みであり、二十世紀の建物を凍結保存するのではなく、使いながら残すことを意図して設けられた。この建物にはその趣旨がよく合う。価値は形式の希少さよりも、世代を越えて名古屋の人々が往来してきた堀川の渡河点に、特徴のある小さな事務所建築が腰を据えてきたという点にある。
建物を読む
設計のすべてが、狭く価値の高い角地への応答になっている。交差点に面する東南の角はアールに丸められ、その上のパラペットだけが周囲より高く立ち上がって、その位置を建物の正面と見せている。広小路通の側から見れば三階建てである。
ところが堀川に面する西側へ回ると、もう一層が現れる。地盤が水面へ向かって下がり、地下一階が露出するため、川側の立面は三階ではなく四階建てに見える。これは見せかけのための工夫にとどまらない。地下の川面の高さには扉が設けられ、船を岸壁に着けて荷を直接積み下ろしできるようになっていた。堀川の舟運に頼った輸入商にとって、理にかなった設えである。
平成十五年(二〇〇三)から平成十七年(二〇〇五)にかけて、名古屋市の営繕部門と東畑建築事務所による修復改修が行われ、看板に覆われていた時代を経た外装と内装が整えられた。工程は、その年の春に愛知で開かれた万国博覧会を前にした平成十七年初めの再開を目指して組まれている。
再開は長い円環を閉じることになった。地上三層には現在、食品会社のヤマモリが営むタイ料理店サイアムガーデンが入る。この組み合わせは意図して選ばれたものだ。かつてシャム国領事館が置かれた建物こそ出店の場としてふさわしい、という会社側の主張が、テナント選定で評価された。船が着いた地下は、堀川と納屋橋、そしてこの建物自身の歴史を扱う小さな展示室「堀川ギャラリー」になっている。
周辺を歩く
所在地は、地下鉄鶴舞線・東山線の伏見駅から歩いてすぐの距離にあり、名古屋駅からも広小路通を東へたどれば徒歩で十分に届く。その広小路通そのものが、ゆっくり歩く価値をもつ。石やレンガを積んだ重厚な戦前の銀行建築がこの一帯に並び、加藤商会が新しかった頃の金融街の姿を今に残している。
建物が面する堀川は、十七世紀初頭、新しい城下町への物資供給のために開削された運河で、近代まで現役の水路として使われ続けた。川沿いの道からは、西側の立面と古い船着場の扉を水面の高さで眺めることができる。納屋橋を渡れば、加藤がなぜ丸い角に玄関を据えたのかが腑に落ちる、より広い眺めが得られる。
内部に触れたい場合は、サイアムガーデンでの食事か、地下の堀川ギャラリーの見学が最も手近である。ギャラリーは無料で、堀川の歴史に関心のある来訪者に向けて開かれている。レストランはかつての事務室や領事館の空間を使っているため、昼食や夕食がそのまま建物のなかを歩く体験を兼ねる。
Q&A
- 建物の中に入ることはできますか。
- 入れます。地上の三層はタイ料理店サイアムガーデン、地下は堀川の歴史を扱う無料の堀川ギャラリーになっています。内部を見るには、レストランを予約するか、ギャラリーの開館時間に訪ねるのが分かりやすい方法です。
- これは国宝や重要文化財ですか。
- いいえ。登録有形文化財です。平成八年(一九九六)に導入された、築五十年以上で国土の歴史的景観に寄与する建造物を対象とする、より緩やかな保護の区分で、国宝・重要文化財の指定とは制度が異なります。
- 日本の文化財になぜタイ料理店が入っているのですか。
- 建てた加藤勝太郎が、タイの旧称であるシャムとの貿易を営み、その名誉領事を務めたためです。昭和十年から二十年までシャム国領事館がこの建物に置かれており、現在のタイ料理店は建物の来歴に沿った活用といえます。
- どうやって行けばよいですか。
- 地下鉄の伏見駅から徒歩すぐ、広小路通が堀川を渡る納屋橋の東詰北側です。名古屋駅から広小路通を歩いて向かうこともできます。
- 外観のどこに注目すればよいですか。
- 玄関を示すために高くしたパラペットを伴う東南角のアール、石貼風の一階と煉瓦タイル張りの上階の対比、そして堀川に面した西側に注目してください。西側は地下を含めて四階に見え、かつて船荷の積み下ろしに使った扉が残ります。
基本情報
| 名称 | 旧加藤商会ビル(きゅうかとうしょうかいびる) |
|---|---|
| 所在地 | 愛知県名古屋市中区錦一丁目15-17 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 登録年月日 | 平成十三年(二〇〇一)四月二十四日/告示 同年五月十五日/登録番号 23-0053 |
| 建設年代 | 昭和六年(一九三一)頃 |
| 構造 | 鉄筋コンクリート造地上三階地下一階建、塔屋付。建築面積約七十七平方メートル |
| 員数 | 一棟 |
| 所有者 | 名古屋市 |
| 現在の用途 | サイアムガーデン(タイ料理店、一〜三階)/堀川ギャラリー(地下) |
| アクセス | 地下鉄鶴舞線・東山線 伏見駅から徒歩すぐ |
参考文献
- 文化遺産オンライン(国立文化財機構)― 旧加藤商会ビル
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/115024
- 国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00002144
- あいち文化財ナビ(愛知県)― 旧加藤商会ビル
- https://www.pref.aichi.jp/kyoiku/bunka/bunkazainavi/yukei/kenzoubutu/kunitouroku/1072.html
- 名古屋市 中区 ― 加藤商会ビル
- https://www.city.nagoya.jp/naka/page/0000107367.html
- サイアムガーデン ― 歴史ある建物
- https://www.siamgarden.jp/page/building.html
- 名古屋まちづくり公社 ― 旧加藤商会ビルの保存、活用
- https://www.nup.or.jp/outline/culture/katou/index.html
最終更新日: 2026.06.16