旧三重県庁舎:明治の幕開けを今に伝える唯一の県庁舎建築

愛知県犬山市の入鹿池のほとり、緑豊かな丘陵地に広がる博物館明治村。その正門近くに、堂々たる白亜の建物がたたずんでいます。間口54メートル、二層のベランダをめぐらせた擬洋風建築の傑作——「旧三重県庁舎」です。明治12年(1879年)に三重県津市で完成し、明治13年には明治天皇の行幸を迎えた由緒ある建物で、現存する明治初期の県庁舎としては全国で唯一の遺構。1968年(昭和43年)に国の重要文化財に指定されました。海外からのお客様にもぜひ足を運んでいただきたい、近代日本の黎明を感じられる貴重な建造物です。

津から犬山へ──建物の歩みをたどる

1870年代、明治政府は廃藩置県(明治4年)に始まる地方行政制度の整備を急ピッチで進めていました。明治6年(1873年)に内務省が設置されると、各県では新たな時代にふさわしい県庁舎の建設が相次ぎました。三重県でも初代県令・岩村定高が中心となり、明治10年(1877年)に建設地の選定が始まります。

本館の設計は、三重県庁第三課土木掛に勤めていた大工の清水義八が担当しました。施工の棟梁は名古屋の伊藤平左衛門。建設費は19,883円43銭1厘、総建坪は約500坪、うち本館は241.5坪という大規模な建物で、明治12年(1879年)12月に落成しました。落成当時は東京の築地ホテル館に似た「ハイカラな」建物として近郷近在の評判を呼び、お弁当持参で見物に訪れる人が絶えなかったといいます。

翌明治13年(1880年)には明治天皇の行幸を迎えるという栄誉に浴し、その後は実に85年間にわたり三重県政の中枢として機能しました。昭和39年(1964年)に新庁舎の完成にともない解体されると、博物館明治村に寄贈されて移築。昭和41年(1966年)に犬山の地で復原され、昭和43年(1968年)4月25日に重要文化財の指定を受けました。

なぜ重要文化財に指定されたのか

本建物は、明治初期の県庁舎として現存する唯一の遺構です。当時、各県では同様の洋風庁舎が次々と新築されましたが、その多くは戦災や老朽化、建て替えによって失われました。現在まで残るこの一棟は、初期明治の地方行政を物理的に体感できるかけがえのない遺産といえます。

建築史的にも本建物は「地方の技術者が明治初期に建築した擬洋風建物の秀作」と高く評価されています。設計者の清水義八は西洋建築を直接学んだわけではなく、地元三重県の大工として、内務省庁舎の図面や写真を手がかりに設計を進めました。日本の伝統的な木造建築の技術を駆使しながら、西洋風の意匠を見事に取り入れた本建物は、文明開化期の日本人技術者の創意工夫を象徴する存在です。設計者の清水は、その後同じく明治村に移築されている三重県尋常師範学校も手がけており、地方建築の発展に大きく貢献しました。

建築のみどころ

正面に立つと、まず目に飛び込んでくるのが間口54メートルにおよぶ堂々たる左右対称の構えです。中央には車寄せが突き出し、その上には菊花紋章を掲げた入母屋破風。前面には2層のベランダがめぐらされ、両翼の壁面角には黒漆喰で太い柱型を塗り出して全体を引き締めています。この構成は明治9年(1876年)建設の内務省庁舎にならったもので、明治初期の木造官庁舎の典型といえる形式です。

和洋折衷の繊細な意匠

建物の基壇、礎石、円柱、エンタブレチュアの構成は古代ギリシャ・ローマの神殿建築に由来します。出入口や窓には半円アーチや円弧アーチが用いられ、随所に西洋古典様式が取り入れられています。一方で構造は伝統的な木造で、内外とも柱を見せない漆喰塗大壁、屋根には桟瓦が葺かれており、純粋な日本の建築技術がその基盤を支えています。玄関の礎石・角柱・櫛形アーチには地元産の井関石が使われている点も興味深いところです。

特に注目していただきたいのが、建具周りに施された「杢目塗(もくめぬり)」という伝統技法です。これは木材にペンキで木目を描き込むもので、横浜や築地の居留地建築を参考に日本の大工が習得した手法。素朴ながら洋館らしい品格を演出する、明治の職人の粋な工夫が随所に光ります。

2階の格式高い諸室

2階中央部には、旧上局、会議所、知事室といった格式の高い部屋が配されています。いずれも天井を格天井(ごうてんじょう)とした意匠で、明治期の県庁の威厳を今に伝えています。室内には当時のカーテンや什器、ランプなどが再現されており、明治天皇を迎えた厳かな空気が肌で感じられる空間となっています。執務机に向かえば、自分が知事になって県政を担っているような気分を味わえるかもしれません。

修理工事を経てよみがえった姿

本建物は2022年9月から2023年6月にかけて、車寄せほか木部腐朽箇所の取替え修理が行われ、現在は美しく整った姿でお客様をお迎えしています。木造建築を後世に継承していくための地道な努力に思いを馳せながらご見学いただくと、より深い感慨が得られます。

ご来訪のご案内

旧三重県庁舎は博物館明治村の1丁目エリアに建ち、正門を入ってすぐの場所にあります。明治村は約100万平方メートル(100ヘクタール)の広大な敷地に60を超える明治期の建造物を移築・保存する野外博物館で、国の重要文化財だけでも11件を擁する一大文化財コレクションです。一日かけてゆっくりと巡ることをおすすめします。

アクセスは、名鉄犬山駅東口から岐阜バスで「明治村」バス停下車(約20分)。名古屋駅・栄駅からは直行の高速バスも運行されており、お車の場合は中央自動車道小牧東ICから約3キロメートルです。開村時間は季節によって異なり、3月〜7月・9月・10月は9:30〜17:00、8月は10:00〜17:00、11月は9:30〜16:00、12月〜2月は10:00〜16:00となっています。入村料は大人2,500円、高校生1,500円、小・中学生700円、未就学児は無料です(料金は変更となる場合があります)。建物内での飲食はご遠慮いただいておりますので、お食事は村内の飲食店をご利用ください。

周辺の見どころ

明治村のなかには、本建物のほかにも聖ヨハネ教会堂、帝国ホテル中央玄関(フランク・ロイド・ライト設計)、東山梨郡役所、宇治山田郵便局舎など、見ごたえのある重要文化財がそろっています。村内を走る蒸気機関車(SL)や京都市電に体験乗車したり、明治時代の衣装に身を包んで散策することも可能で、まるで明治時代にタイムトリップしたかのような一日を過ごせます。

明治村を出て少し足を延ばせば、犬山市内には日本に現存する12天守のひとつで国宝に指定されている犬山城がそびえ、木曽川を見下ろす眺望が楽しめます。城下町には伝統菓子の店や酒蔵が軒を連ね、ユネスコ無形文化遺産に登録された「犬山祭の車山(やま)行事」の山車も見学できます。世界の家屋をテーマにした野外民族博物館リトルワールドも近く、明治村と合わせて訪れると、日本と世界の文化を一日で見比べる豊かな旅になります。

Q&A

Q「三重県庁舎」なのに、なぜ愛知県にあるのですか?
A本来は明治12年(1879年)から昭和39年(1964年)まで三重県津市で実際に県庁として使われていた建物です。新庁舎の完成にともない解体されることになりましたが、博物館明治村に寄贈され、愛知県犬山市の同館敷地内に移築・復原されました。建物自体は「三重県庁舎」のままで、保存先が愛知県にある、というかたちです。
Q建物の中に入って見学できますか?
Aはい、ご見学いただけます。1階の廊下や諸室を抜けて2階に上がると、当時の家具やカーテン、ランプなどが再現された知事室、会議所、旧上局などをご覧いただけます。明治の県庁の厳かな雰囲気をお楽しみください。
Q「擬洋風建築」とは何ですか?
A擬洋風建築とは、明治初期に日本人の大工や棟梁が、伝統的な日本の木造建築技術を駆使して西洋風の意匠を再現した建物のことです。本格的な西洋建築を学んだわけではない地方の技術者たちが、写真や見聞をもとに独自の解釈で作り上げたもので、和洋折衷ならではの独特な魅力があります。旧三重県庁舎はその代表的な秀作とされています。
Q明治村全体を見学するのにどのくらい時間がかかりますか?
A明治村の敷地は約100ヘクタールあり、60を超える建造物が点在しています。半日では主要な見どころに絞った見学になり、すべてを巡るには丸一日が必要です。旧三重県庁舎だけでも30〜40分はゆっくりかけてご見学いただくことをおすすめします。
Q建物内での写真撮影はできますか?
A個人での記念撮影は基本的に可能です。ただしフラッシュや三脚の使用が制限されている場所もあります。商業目的の撮影には事前申請が必要となりますので、詳細は明治村公式サイトをご確認ください。

基本情報

名称 旧三重県庁舎(きゅうみえけんちょうしゃ)
指定区分 国指定重要文化財(昭和43年〔1968年〕4月25日指定)
竣工 明治12年(1879年)12月 ※三重県津市にて完成
設計 清水義八(三重県庁第三課土木掛の大工)
施工棟梁 伊藤平左衛門(名古屋の棟梁)
様式・構造 擬洋風建築/木造2階建、漆喰塗大壁、桟瓦葺
規模 間口約54メートル/本館建坪約241.5坪(約800㎡)
移築 昭和41年(1966年)に博物館明治村にて移築復原完了
所有者 公益財団法人明治村
所在地 愛知県犬山市字内山1番地(博物館明治村1丁目)
アクセス 名鉄犬山駅東口から岐阜バスで「明治村」下車(約20分)/名古屋駅・栄駅から高速バスで直通/中央自動車道 小牧東ICから約3km
開村時間 季節により変動(3〜7月・9〜10月:9:30〜17:00/8月:10:00〜17:00/11月:9:30〜16:00/12〜2月:10:00〜16:00)
入村料 大人2,500円/高校生1,500円/小・中学生700円/未就学児無料(料金は変更となる場合があります)

参考文献

文化遺産オンライン 旧三重県庁舎
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/122257
博物館明治村 公式サイト「三重県庁舎」
https://www.meijimura.com/sight/三重県庁舎/
愛知県 文化財ナビ愛知「旧三重県県庁舎」
https://www.pref.aichi.jp/kyoiku/bunka/bunkazainavi/yukei/kenzoubutu/kunisitei/0055.html
三重県環境生活部文化振興課「初期の県庁舎と所在場所」
https://www.bunka.pref.mie.lg.jp/rekishi/kenshi/asp/Q_A/detail.asp?record=158
博物館明治村 総合案内(営業時間・料金・アクセス)
https://www.meijimura.com/guide/

最終更新日: 2026.04.26