愛知に建つ山梨の郡役所
旧山梨県東山梨郡役所は、愛知県犬山市の博物館明治村に移築保存されている明治18年(1885年)建築の木造擬洋風庁舎で、昭和41年(1966年)6月11日に国の重要文化財に指定された。
指定台帳の所在地は愛知県だが、この建物が役所として働いていたのは150キロ離れた山梨県である。建設地は東山梨郡日下部村小原西、現在の山梨市にあたる。昭和39年(1964年)に犬山へ移された。山梨県外に現存する唯一の藤村式建築でもある。
そもそも郡役所という建物が各地に生まれたのは、明治11年(1878年)施行の郡区町村編制法による。県令(のちの県知事)が任命する郡長が郡内の行政を指揮監督することとなり、その庁舎が全国に置かれた。東山梨郡役所は明治12年(1879年)1月、平等村の平徳寺を仮庁舎として開庁している。その後、有志の寄付を募って新庁舎の建設が決まり、明治18年7月7日に起工、8月28日に上棟、10月10日に落成した。建設費は5600円余りであった。
村の大工が組んだ洋風、藤村式
藤村紫朗は明治6年(1873年)から20年(1887年)まで山梨県令を務め、のちに同県初代の官選知事となった人物である。地元に洋風建築を建てさせることに熱心で、建設業者もそれに応えた。明治7年から20年までの間に、学校・官公庁舎・住宅あわせて少なくとも100棟がこの様式で建てられ、やがて藤村式と呼ばれるようになる。
もっとも、当時の村に西洋建築を学んだ者はいない。大工たちは版画や伝聞、開港場で目にしたものを頼りに設計を組み立てた。できあがったものは擬洋風建築に分類される。ただし「模倣」という語はこの過程を安く見積もりすぎている。軸組も漆喰も伝統的な継手仕口も、そのまま未知の造形に向けられた。結果として、どちらの系譜にも属さない建物が生まれた。
東山梨郡役所は、その代表格とされる。大工棟梁は赤羽芳造、工事請負人であり左官も兼ねたのが土屋庄蔵で、県内の藤村式建築を数多く手がけた職人である。
平面は左右対称。中央棟が二階建てで上下二層のベランダをめぐらせ、その両翼に入母屋造の平屋が付属する。玄関部と両端の部屋が前へ張り出すため、平面図の輪郭がアルファベットのEに似る。地元ではこの形をE字型と呼ぶ。左右対称の構成は内務省庁舎に代表される当時の官庁建築の定型であった。
小屋組に至ると、和洋の混在は装飾ではなく構造の問題になる。中央棟は洋小屋、両翼部は和小屋。ひとつの屋根の内側で二つの木組みの体系が接する。その架構の複雑さは、この建物の特徴として明治村自身が挙げているところである。
見どころ
正面から近づくと、細部が順に見えてくる。出入口は半円アーチで、上に欄間が入る。窓は上げ下げ窓、その周囲を黒漆喰の縁が囲み、白い壁面に対して線を引いたように見える。壁は木造軸組に漆喰塗り、屋根は桟瓦葺。建築面積は286.4平方メートルと記録されている。
玄関に入ったら天井を見上げてほしい。漆喰塗りの天井には土屋庄蔵の手による中心飾りが施されている。図柄は花鳥風月。日本の装飾画の定番の題材を、西洋由来の漆喰技法で、洋風を装った建物の内側に、洋館を見たことのない職人が仕上げている。この時代の性格をこれほど短く要約する場所は、館内にもそう多くない。
庁舎としての役目は大正12年(1923年)3月の郡制廃止まで続いた。昭和2年(1927年)3月から昭和37年(1962年)までは日下部警察署庁舎として使われている。その後は山梨市の鶴田栄一が所有し、昭和39年(1964年)9月に明治村へ寄贈された。同年10月から解体が始まり、移築の完了は翌40年(1965年)7月である。
訪問者の記録も一つ残っている。明治39年(1906年)5月30日、森鷗外がこの建物を訪れた。当時軍医監として地方視察に出ていた鷗外は、その様子を『自紀材料』に書きとめている。
明治村での見学
建物の村内所在地は2丁目16番地。明治村は犬山の入鹿池を見下ろす丘陵地におよそ1平方キロメートルの敷地を持つため、この一棟にたどり着くにも相応に歩く。園内には村営バスと京都市電が走っており、徒歩以外の移動手段もある。
見学には明治村の入村券が必要で、建物ごとの追加料金はかからない。開村時間と休村日は季節によって変わるため、公式サイトで最新の案内を確認してから出かけるのが確実である。
内部の公開のしかたは、重要文化財としてはかなり開放的である。ロープ越しに眺めるのではなく、室内を歩いて見学できる。玄関天井の中心飾りが目に入るのも、この見学形式あってのことだ。
個人の撮影は園内全域で認められている。営業目的の撮影や組織的なロケーション撮影については事前の申請が必要となる。
徒歩圏内には重要文化財の旧三重県庁舎と旧宇治山田郵便局舎がある。訓練を受けた建築家が設計した明治の官庁建築と、村の職人が工夫して組み上げた官庁建築を、その場で見比べられる位置関係である。
犬山へは名古屋から名鉄でおよそ30分。犬山駅から明治村正門までは路線バスが出ている。
Q&A
- 旧山梨県東山梨郡役所はどこにありますか。なぜ山梨の建物が愛知県にあるのですか。
- 愛知県犬山市の博物館明治村にあります。明治18年(1885年)に山梨県東山梨郡日下部村(現在の山梨市)に建てられ、昭和39年(1964年)9月に明治村へ寄贈されました。解体は同年10月から、移築完了は昭和40年7月です。そのため指定台帳の所在地は現在地の愛知県となっています。
- 旧山梨県東山梨郡役所は内部を見学できますか。
- 見学できます。明治村の入村券があれば建物内部に入ることができ、建物ごとの追加料金はありません。室内を歩いて見学する形式のため、玄関天井の漆喰の中心飾りも間近で見られます。
- 旧山梨県東山梨郡役所の建築上の価値はどこにありますか。
- 山梨県令の藤村紫朗が推進した藤村式擬洋風建築の代表例とされる点にあります。西洋建築の訓練を受けていない地元の大工が洋風の造形を実現したもので、山梨県外に現存する唯一の藤村式建築でもあります。
- 旧山梨県東山梨郡役所が重要文化財に指定されたのはいつですか。
- 昭和41年(1966年)6月11日です。指定番号は01624で、棟札1枚が附指定となっています。
- 旧山梨県東山梨郡役所では写真撮影ができますか。
- 個人の撮影は明治村の園内全域で認められており、この建物の内部も対象です。営業目的の撮影や組織的なロケーション撮影を行う場合は、事前に明治村への申請が必要です。
基本情報
| 名称 | 旧山梨県東山梨郡役所 |
|---|---|
| 所在地 | 愛知県犬山市大字内山1番地(博物館明治村 2丁目16番地)/旧所在地:山梨県東山梨郡日下部村(現・山梨市) |
| 指定区分 | 重要文化財(建造物)/指定番号 01624 |
| 指定年 | 昭和41年(1966年)6月11日 |
| 員数 | 1棟(附 棟札1枚) |
| 寸法 | 木造、建築面積286.4平方メートル、二階建、両翼一階建、桟瓦葺 |
| 所有者 | 公益財団法人明治村 |
| 公開状況 | 公開。入村券により内部見学可、建物ごとの追加料金なし。開村時間・休村日は季節により変動 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)旧山梨県東山梨郡役所
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/102/1244
- 文化遺産オンライン 旧山梨県東山梨郡役所
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/122054
- 博物館明治村 東山梨郡役所
- https://www.meijimura.com/sight/%E6%9D%B1%E5%B1%B1%E6%A2%A8%E9%83%A1%E5%BD%B9%E6%89%80/
- 博物館明治村 総合案内
- https://www.meijimura.com/guide/
- 博物館明治村 アクセス
- https://www.meijimura.com/guide/access/
最終更新日: 2026.08.29