堀部家住宅主屋 犬山城下に唯一残る武家風屋敷
犬山城下町から名古屋へ通じる名古屋往還、その外堀桝形を出た東側に、道路へ北面して建つ木造二階建がある。堀部家住宅の主屋である。犬山城主成瀬家に仕えた武士、堀部家の十二代勝四郎が明治十六年(一八八三)に建てた。
勝四郎(一八三二〜一九〇七)は維新で家禄を失ったのち事業へ転じて財を成し、旧城下のこの地を購って養蚕を営んだ。棟梁河村清右衛門が手がけた主屋は、武家の住まいと養蚕農家という二つの顔を一棟に併せもつ。
登録の理由と価値
平成十八年(二〇〇六)三月、主屋は登録有形文化財となった。堀部家の六棟が同時に登録されている。登録有形文化財の制度は平成八年に始まり、建造からおおむね五十年を経て地域の景観を形づくってきた建物を対象とする。主屋は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として登録された。
その価値は、犬山城下に他に残らない点にある。建築は明治期だが、間取りと構えには武家住宅の作法が保たれ、城下町で唯一現存する武家風屋敷とされる。客を迎える部屋の配置や、玄関脇の壁に設けた槍架けなどに、家の来歴が読み取れる。
見どころ
建物は桁行九間半、梁間四間で、表と裏に半間の下屋が回る。内部は西側に土間と台所、東側に六間取の居室を配し、生業の場と居住の場を一棟のうちに分ける。養蚕を営みつつ客を迎えた家の構えが、この配置に表れている。
玄関近くの和室には、武家の名残である槍架けが壁に残る。中央の箱階段はいまも二階へ通じ、階段上部の引戸で一階と二階を仕切ることができる。二階は座敷二室のほかに物置があり、養蚕を行ったとも伝わる。二階西端は玄関上部の吹き抜けに面し、階下の土間を見下ろせる。
主屋と街路の塀のあいだには、飛び石と石灯籠を置いた前庭があり、重要な客を座敷へ直に案内できるよう設えてある。屋内には電話室という珍しい一室もあり、当時の在郷の住宅としては目を引く。現在、一階の一部は提灯工房とカフェ「みな蔵」になっている。
Q&A
- 内部は見学できますか。
- できます。「木之下城伝承館・堀部邸」として一般公開され、入館は無料です。おおむね正午から夕方まで開き、月曜と火曜が休館ですが、時間は変わることがあるため公式サイトで確認してください。
- 堀部勝四郎とはどのような人物ですか。
- 犬山城主成瀬家に仕えた堀部家の十二代当主です。家禄の廃止後に事業で成功し、城下の地を購って養蚕を営みながら、明治十六年にこの主屋を建てました。
- 商家ではなく武家風とされるのはなぜですか。
- 客を迎える部屋の配置、座敷へ案内するための前庭、玄関脇の槍架けなど、武家の作法にならう点が随所に見られます。犬山城下で唯一残る武家風住宅とされています。
- 駐車場はありますか。
- 敷地内に駐車場はありません。公共交通機関か周辺のコインパーキングの利用が求められています。犬山城や城下町の本町通りからは歩いて行ける距離です。
- 犬山観光のなかでどう組み込めますか。
- 国宝犬山城と城下町の街並みが近く、春にはユネスコ無形文化遺産の犬山祭も開かれます。半日の散策に主屋を組み合わせやすい立地です。
基本情報
| 名称 | 堀部家住宅主屋(ほりべけじゅうたくしゅおく) |
|---|---|
| 所在地 | 愛知県犬山市大字犬山字南古券272 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(平成18年3月27日登録) |
| 建築年 | 明治16年(1883年) |
| 構造 | 木造2階建、瓦葺、建築面積約196平方メートル |
| 員数 | 1棟 |
| 公開 | 「木之下城伝承館・堀部邸」として無料公開。月曜・火曜休館。時間は変更の場合あり |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)— 堀部家住宅主屋
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00005467
- 文化遺産オンライン — 堀部家住宅主屋
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/152075
- 木之下城伝承館・堀部邸(公式サイト)
- https://horibetei.com/
最終更新日: 2026.07.10