方一間に凝らされた意匠
覚王寺の本堂南方に建つ鐘楼は、その規模からは想像しにくいほど手の込んだつくりをしている。平面は方一間、建築面積はおよそ29平方メートルにすぎないが、昭和9年(1934年)にこれを建てた大工は、本来であればもっと大きな堂宇に用いられる組物を上部に集中させた。
下部は切石積の基壇に据えられ、その上に袴腰が立つ。袴腰は簓子下見板張で、地面に向かって裾を広げる。縁には擬宝珠高欄をめぐらし、その縁を出組詰組で受ける。軒まわりを見上げると、組物は出組詰組で隙間なく並び、中備には蟇股を入れ、軒支輪を設ける。垂木は二軒繁垂木、屋根は入母屋造の桟瓦葺である。鐘を吊る内部の板天井には天女が描かれており、鐘楼という用途の建物としては珍しい装飾といえる。
昭和の鐘楼が登録された理由
覚王寺そのものは鐘楼より六百年ほど古い。寺は元徳2年(1330年)に天台宗寺院として創建され、永正7年(1510年)に臨済宗へ改められた。現在は臨済宗妙心寺派に属する。境内には方丈形式の本堂、切妻造の庫裏、大日堂、一間一戸の山門、そして鐘楼という歴史的建造物がまとまって残る。
平成17年(2005年)、これら五棟が一括して国の登録有形文化財となった。登録という制度は、国宝や重要文化財を生む指定制度とは性格が異なる。指定が最も重要な作品に強い規制を伴って適用されるのに対し、登録は平成8年(1996年)に始まった仕組みで、近代以降のものを含む数多くの建造物を、より緩やかな保護のもとで残すことを目的とする。鐘楼の登録基準は「造形の規範となっているもの」、すなわち他の手本となりうる造形を備えた建物に与えられる区分である。
昭和9年の鐘楼がこの基準に該当することには意味がある。この頃すでに鉄筋コンクリートや洋式の工法が各地へ広まりつつあったが、覚王寺ではあえて旧来の木造の技法だけで、しかも前代に通じる仕上げの水準で建てている。板天井の天女画はその姿勢を端的に示す。鐘楼は実用の建築でありながら、ここでは装飾を施すに足る対象として扱われた。
見どころ
本堂の側から鐘楼に近づくと、まず輪郭が目に入る。裾を広げた袴腰から開いた鐘の間へと立ち上がり、重い組物の軒がそれを冠する。方一間という小ぶりな平面であるからこそ、各部を丁寧に整えなければ建物が単調にも頭でっかちにもなりかねない。そこを破綻なくまとめた構成が、この鐘楼の見どころである。
組物の帯はゆっくり眺めたい。建物のまわりを巡る出組を数えてみると、足早に通り過ぎてしまう規模の鐘楼に、どれほどの手間がかけられたかが見えてくる。中備の蟇股は、彫り手が腕を見せる箇所であり、各面で確かめる価値がある。
境内の他の建物と並べてみると、対比そのものが鐘楼の性格を浮かび上がらせる。本堂や山門が年月の重みをたたえるのに対し、世代を隔てて新しいこの鐘楼は、それらの間に違和感なく収まるように建てられた。山門前には、地蔵や観音の小さな石像を点在させた池があり、堂宇へ向かう前に思いがけない一景を添える。外観の撮影はおおむね差し支えないが、活動中の寺院であるため、静かで節度ある参拝を心がけたい。
覚王寺の周辺
寺は名古屋の北、木曽川にほど近い平坦な土地、扶桑町高雄にある。最寄り駅は名鉄犬山線の扶桑駅で、車で訪れる人のために無料の駐車場が広く確保されている。周囲は住宅と田畑が広がる地域で、観光客が立ち止まるより通り過ぎることの多い土地柄である。それが、この寺が混み合わずに過ごせる理由の一つでもある。
あわせて訪れるなら、同じ路線で数駅北の犬山がよい。天文6年(1537年)に建てられた犬山城の天守は、現存する木造天守として日本最古の国宝であり、城下町とあわせて半日の散策に向く。覚王寺で静かな午前を過ごし、午後に犬山へ足を延ばせば、一棟の鐘楼から、この愛知の一角で木造建築が四世紀をかけてどう移り変わったかという、より広い眺めへと話が広がる。
Q&A
- 覚王寺鐘楼は国宝ですか。
- いいえ。国の登録有形文化財です。指定制度による国宝・重要文化財とは別の区分で、価値ある建造物をより緩やかな保護のもとに残す仕組みにあたります。平成17年(2005年)に登録されました。
- 鐘楼はいつ建てられたのですか。
- 昭和9年(1934年)の建立です。これを囲む寺はさらに古く、元徳2年(1330年)の創建で、永正7年(1510年)に臨済宗へ改められました。
- この鐘楼のどこが珍しいのですか。
- 規模と装飾が釣り合っていない点です。平面は方一間にすぎないのに、密に並ぶ出組詰組、彫りを施した蟇股、天女を描いた板天井を備えます。いずれも小規模な建物では珍しい要素です。
- 電車で行けますか。
- 行けます。最寄りは名鉄犬山線の扶桑駅で、名古屋からは同じ路線でおよそ30分です。境内には無料の駐車場もあります。
- 近くに見どころはありますか。
- 同じ路線で北へ進むと犬山があり、天文6年(1537年)の国宝天守と城下町が残ります。覚王寺と犬山は一日で組み合わせやすい行程です。
基本情報
| 名称 | 覚王寺鐘楼(かくおうじしょうろう) |
|---|---|
| 所在地 | 愛知県丹羽郡扶桑町大字高雄字南屋敷135 |
| 指定区分 | 国登録有形文化財(建造物)。登録年月日 平成17年7月12日、告示 平成17年8月2日、登録番号 23-0203 |
| 年代 | 昭和9年(1934年) |
| 員数 | 1棟 |
| 構造及び形式 | 木造、桟瓦葺、入母屋造、方一間袴腰付、建築面積約29平方メートル |
| 所有者 | 宗教法人覚王寺 |
| アクセス | 名鉄犬山線・扶桑駅近く。境内に無料駐車場あり |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース(覚王寺鐘楼)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00004777
- 扶桑町公式ホームページ 覚王寺(かくおうじ)
- https://www.town.fuso.lg.jp/sports/1002076/1002095/1002129/1002130.html
- 国宝犬山城 公式サイト 交通案内
- https://inuyama-castle.jp/access/
最終更新日: 2026.06.16