境内の入口に立つ総欅の門

覚王寺の山門は、愛知県北西部、丹羽郡扶桑町高雄の境内入口に建つ。建立は明治35年(1902年)。総欅づくりの1間1戸薬医門で、左右に潜門と袖塀を付し、屋根を段違いに連ねた構えをとる。

欅は堅く木目の詰んだ材で、長く保たせたい普請に選ばれてきた。この門も例外ではなく、入念な手仕事で組み上げられている。間口はおよそ3.2メートル。高くそびえる門ではなく、低く落ち着いた敷居として参道に向き合う。

登録有形文化財としての位置づけ

覚王寺山門は、国の登録有形文化財(建造物)である。登録有形文化財は平成8年(1996年)に設けられた区分で、近代以降の建物を含め、地域の歴史的景観に寄与する建築を緩やかに保護することを目的とする。国宝や重要文化財の「指定」に比べて規制は軽く、所有者が使い続けながら保存に努める仕組みになっている。山門は平成17年(2005年)7月12日、「国土の歴史的景観に寄与しているもの」の基準により登録された。登録番号は23-0204である。

登録は山門単独ではない。同じ日に、文化11年(1814年)の本堂、庫裏、寛政6年(1794年)の大日堂、鐘楼、そしてこの山門の5棟がまとめて登録されている。山門は5棟のうち最も新しい。江戸期に成った境内に、明治の世になって表構えを整えた一棟である。

細部に見る造作

見どころは細部の造作にある。軒は二軒繁垂木、屋根は切妻造の桟瓦葺。組物は三斗で、妻飾には虹梁を渡し、大瓶束で受ける。

虹梁などの絵様は彫りが深いものの、華美には流れない。総欅の素材に抑制のきいた彫りを合わせた仕上がりで、寺の正面入口に見合う品格をそなえる。門は参拝者が最初に目にする構築物である。くぐる前に、落ち着いた手仕事の気配が見る者に届く。

周辺とアクセス

覚王寺のある扶桑町高雄へは、名鉄犬山線の扶桑駅が最寄りとなる。木曽川に近い田園地帯で、町としては寺院よりも守口大根の産地として知られる。平成25年(2013年)には、扶桑町産の守口大根が全長191.7センチでギネス世界記録に認定された。

足を延ばすなら、北の犬山が見ごたえに富む。木曽川を見下ろす犬山城は、現存する最古級の木造天守の一つで、国宝に指定されている。近くの博物館明治村には、覚王寺山門と同じ明治期の建物が各地から移築されており、明治建築に関心があれば併せて訪ねたい。夏の夕刻には、川面で鵜飼が行われる。

Q&A

Q山門は見学できますか。
A山門は現役の寺院の入口であり、参道から外観を見ることができます。建物内部は通常非公開のため、立ち入りを伴う拝観は事前に寺へ確認することをおすすめします。
Qこれは国宝ですか。
Aいいえ。国宝や重要文化財より緩やかな区分にあたる登録有形文化財です。建物の景観上の価値を認めつつ、所有者の使用の自由を広く残す制度によって登録されています。
Qいつ建てられたのですか。
A明治35年(1902年)の建立です。覚王寺で登録された5棟のうち最も新しい一棟にあたります。登録は平成17年(2005年)です。
Q薬医門とはどのような門ですか。
A前方に2本の本柱、後方に2本の控柱を立て、屋根の棟を本柱より前に寄せた形式の門です。出入口の上に深い軒がかかるのが特徴です。
Q行き方を教えてください。
A名鉄犬山線で扶桑駅へ向かい、高雄地区へは徒歩または地元のタクシーが便利です。犬山の見どころと組み合わせると一日の行程が立ちます。

基本情報

名称覚王寺山門(かくおうじさんもん)
所在地愛知県丹羽郡扶桑町大字高雄字南屋敷135
区分登録有形文化財(建造物)
登録年月日平成17年(2005年)7月12日(登録番号23-0204)
時代・年代明治35年(1902年)
構造及び形式木造、瓦葺、間口3.2m、1間1戸薬医門、潜門及び左右袖塀付、総欅
員数1棟
所有者宗教法人覚王寺
アクセス名鉄犬山線・扶桑駅

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁):覚王寺山門
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00004778
扶桑町公式ホームページ:覚王寺
https://www.town.fuso.lg.jp/sports/1002076/1002095/1002129/1002130.html
あいち文化財ナビ(愛知県):覚王寺
https://www.pref.aichi.jp/kyoiku/bunka/bunkazainavi/yukei/kenzoubutu/kunitouroku/1219-1223.html

最終更新日: 2026.06.16