明治村川崎銀行本店

博物館明治村に立つこの建物は、一棟まるごとではなく、ある銀行の角だけである。かつて東京・日本橋の街区を占めた川崎銀行本店のうち、正面左角の外壁部分が切り取られ、犬山の入鹿池を見下ろす高台へ移されて再構成された。昭和2年(1927年)竣工の旧本店は間口およそ38メートル、高さ約20メートルに及ぶ大建築で、ここに残るのはその玄関まわりの一画にあたる。

部分とはいえ、見上げたときの量感は損なわれていない。花崗岩の外装、二層分を貫く列柱、重い青銅の扉が、本来の規模の大きさを察させる。内部の階段をのぼると最上部が展望スペースになっており、銀行建築はいま物見の役を担っている。

「指定」ではなく「登録」

日本の文化財保護には二つの仕組みがあり、この建物ではその違いが効いてくる。古くからあるのが「指定」で、厳密な選定を経て国宝や重要文化財が定められる。もう一方の「登録」は平成8年(1996年)に始まった制度で、消失の速度が指定の手続きに追いつかない近代の建造物を、広くすくい上げることを目的とした。登録は規制が緩やかで、所有者は評価と技術的な支援を受けつつ、建物を使い、手を加える自由を比較的保てる。

川崎銀行本店の角部は、平成16年(2004年)2月17日に登録有形文化財となった(登録番号23-0108)。登録基準は「造形の規範となっているもの」。1920年代の日本人建築家が西洋古典の語彙をどう扱ったかを示す好例、という評価である。

設計者とオーダー

旧本店を手がけたのは矢部又吉(1888-1941年)である。横浜元町に生まれ、妻木頼黄に学んだのち、ベルリンのシャルロッテンブルク工科大学で建築を修め、ドイツの設計事務所でも実務を積んだ。明治44年(1911年)の帰国後は二百を超える建物を設計し、その多くを川崎財閥系の銀行建築が占める。基調は抑制のきいたネオ・ルネサンス様式であった。

残された角部を下から読み解くと、古典の文法がはっきり見える。一階は花崗岩の切石を整層に積み、堅固な基壇として扱う。その上に、二階と三階を一続きに貫くコリント式の角柱が立つ。玄関口はドリス式の円柱がエンタブレチュアを支え、行章を入れたメダイオンが添えられる。鉄筋コンクリート造の躯体に石を着せ、オーダーを丁寧に組み上げた構成である。

見どころ

まず玄関に目を向けたい。青銅製の両開き扉は当初のもので、ずっしりと重い。信用と永続を形にしようとした銀行の入口にふさわしい。少し離れて二層の列柱を見渡し、玄関上のメダイオンを探す。

内部には当時の金庫が展示され、階段は展望スペースへと続く。最上部からは入鹿池の水面と、野外博物館の樹々に覆われた敷地が眼下に広がる。のぼる手間はわずかで、村内でも見晴らしのよい一点である。

この建物が、意図して「不完全」であることにも触れておきたい。本体から切り離された箇所で屋根の線が斜めに途切れ、輪郭がそぎ落とされたように見える。何が残され、何が失われたかを率直に示す姿勢こそ、立ち止まる価値の一つだろう。

周辺の見どころ

博物館明治村は愛知県犬山市にある野外建築博物館で、移築された六十余りの建造物を擁し、うち十一件が重要文化財である。最もよく知られるのは、少し歩いた先に再構成されたフランク・ロイド・ライト設計の旧帝国ホテル中央玄関だろう。敷地は広く起伏に富み、各所を蒸気機関車や市電が結ぶ。

足を延ばす価値もある。木曽川を見下ろす高台には、現存最古級の天守をもつ国宝・犬山城が車で間近にあり、その下には江戸期以来の城下町が広がる。

Q&A

Q中に入って上までのぼれますか。
Aのぼれます。内部の階段が最上部の展望スペースへ続き、館内には当時の金庫も展示されています。のぼる手間はわずかです。
Qこれは銀行の建物全体ですか。
Aいいえ。保存されたのは正面左角の玄関まわりだけです。本来は東京・日本橋に立つ間口約38メートルの大建築でした。
Q屋根の線が斜めに切れているのはなぜですか。
A移築の際に本体から角部を切り離したためです。その斜めの断面を覆い隠さず、見える形で残しています。
Q明治村へのアクセスは。
A犬山駅東口や名古屋・栄からのバスが便利です。車では小牧東インターチェンジから約3キロ。開村時間は季節で変わるため、来村前に公式サイトでご確認ください。
Q近くで他に見るべきものは。
A村内では旧帝国ホテル中央玄関が見どころです。村の外なら、国宝・犬山城とその城下町が自然な次の一歩になります。

基本情報

名称明治村川崎銀行本店(めいじむらかわさきぎんこうほんてん)
指定区分登録有形文化財(建造物)/平成16年(2004年)2月17日登録(登録番号23-0108)
登録基準造形の規範となっているもの
竣工/移築昭和2年(1927年)竣工(東京)/平成2年(1990年)移築
構造鉄筋コンクリート造3階建、建築面積約89平方メートル(保存部分)
員数1棟
設計矢部又吉(1888-1941年)
所在地愛知県犬山市内山1 博物館明治村内
所有者公益財団法人明治村
アクセス犬山駅などからバス。開村時間は季節により変動(公式サイトで要確認)

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「明治村川崎銀行本店」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00003874
文化遺産オンライン(国立文化財機構)「明治村川崎銀行本店」
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/116754
博物館明治村「川崎銀行本店」
https://www.meijimura.com/sight/川崎銀行本店/
佐倉市立美術館 企画展「矢部又吉と佐倉の近代建築」プレスリリース
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000056.000024449.html

最終更新日: 2026.06.18