金沢の学生が弓を引いた道場

明治村第四高等学校武術道場無声堂弓道場は、愛知県犬山市の博物館明治村にある木造の弓道場で、大正6年(1917年)に金沢の旧制第四高等学校の武術道場として建てられ、平成16年(2004年)に登録有形文化財となった。

無声堂という名で呼ばれたこの武道場は、柔道場・剣道場・弓道場の三つで構成されていた。旧所在地は石川県金沢市仙石町。第四高等学校は現在の金沢大学の前身のひとつにあたる学校である。

弓道場は独立して建っているわけではない。剣道場と柔道場が収まる主屋とは、出入口の土間を介してつながっている。主屋の建築面積が509平方メートルであるのに対し、弓道場は72平方メートル。用途の違う空間を、床の高さを変えずに土間ひとつで接続する構成になっている。文化庁の登録は主屋と弓道場を別々の1棟として扱っており、この記事が扱うのは弓道場のほうである。

建物は昭和44年(1969年)に解体され、昭和45年(1970年)に博物館明治村へ移された。村内では4丁目34番地に建っている。

柱を消すための洋風小屋組

登録有形文化財としての登録は平成16年(2004年)2月17日で、登録番号は23-0091。基準は「造形の規範となっているもの」。員数は1棟、構造は木造平屋建、切妻造桟瓦葺、建築面積72平方メートルと記録され、的場の側には庇が付く。

この建物のいちばんの見どころは、目に見えないところにある。文化庁の記録は「洋風小屋組を使用し、的場に向かった間口一杯5間を無柱とする」と記す。5間はおよそ9.1メートル。日本の在来工法であれば途中に柱を立てたくなる幅を、洋風のトラス小屋組で一気に飛ばしている。

理由は用途にある。弓道では射手が横に並び、的に向かって同時に矢を放つ。射線上に柱が一本でもあれば、その位置は使えなくなる。学校の道場として何人もの学生を同時に立たせるためには、間口いっぱいを空けるほかなかった。輸入された構造技術が、日本の武道の作法に合わせて使われている。

建物を見るときの手がかり

柱のない射場

的場に向いた面には柱が立っていない。中に入れる日であれば、射位のあたりから的場側を見渡してみたい。梁が一直線に渡り、視界を遮るものがないことが分かる。的場の側には庇が張り出し、雨の日でも矢道の手前が濡れにくいようになっている。

洋と和が混ざる外壁

外壁は隅に柱を見せた洋風の下見板張で、板を横に重ねて張る。ところが妻壁の上部だけは漆喰塗の真壁に切り替わり、日本の土蔵や民家と同じ表情になる。同じ一棟の壁で、下と上とで系統の違う仕上げが並んでいる。窓は欄間の付いた引違窓と、横長の引違窓の二種類。横長の窓は、弓を引く高さに合わせて光を入れる位置にある。

主屋とつなぐ土間

弓道場と主屋の接点は、出入口の土間である。剣道場と柔道場から履物を替えて弓道場へ移る動線が、この土間に集まっていた。二棟の関係を見るには、外を回るより接続部の足元を見るほうが早い。

茅葺きの的屋

博物館明治村の案内によれば、無声堂弓道場には茅葺きの的屋が併設されている。射場が桟瓦葺であるのに対し、的を据える側は茅で葺かれる。矢を受け止める建物には、瓦とは違う軽さと補修のしやすさが求められたのだろう。

見学方法とアクセス

明治村第四高等学校武術道場無声堂弓道場は、博物館明治村の4丁目34番地にある。正門と北口のほぼ中間にあたる位置で、どちらから入っても村内を歩くことになる。園内は丘陵の地形をそのまま使っているため、坂と段差が続く。時間に余裕を持って回りたい。

内部に入れるかどうかは日によって異なる。博物館明治村は、事故防止のために立ち入りを制限している建物や箇所があること、修理などで建造物を見られない場合があることを案内している。訪問前に公式サイトを見ておくか、当日は村内の掲示を確かめるのが確実である。外観だけでも、下見板張と妻壁の対比や庇の張り出しは十分に観察できる。

開村時間は季節で変わり、4月から7月と9月・10月は午前9時30分から午後5時まで、12月から2月は午前10時から午後4時まで。入村受付は閉村の30分前に締め切られる。休村日は月ごとにまとめて設定される。

入村料は大人2,500円、高校生1,500円、中学生と小学生は各700円、未就学児は無料。駐車場は普通車1,000円で、予約はできない。

撮影は私的な目的であれば申請の必要がない。建物内での三脚・一脚・レフ板の使用と、通路や入口付近を占領しての撮影は禁じられている。公共交通機関では名鉄犬山駅東口から明治村行きの路線バスが出ており、名古屋駅と栄駅からの直通バスもある。車では中央自動車道の小牧東インターチェンジから3キロメートルである。

Q&A

Q明治村第四高等学校武術道場無声堂弓道場はどこにありますか。行き方を教えてください。
A愛知県犬山市内山1の博物館明治村内、4丁目34番地にあります。名鉄犬山駅東口から明治村行きの路線バスが出ているほか、名古屋駅と栄駅からも直通バスがあります。車では中央自動車道の小牧東インターチェンジから3キロメートルです。
Q明治村第四高等学校武術道場無声堂弓道場の内部は見学できますか。
A日によって異なります。博物館明治村は、事故防止のため立ち入りを制限している建物や箇所があること、修理などで見学できない場合があることを案内しています。訪問前に公式サイトを確認するか、当日は村内の掲示をご覧ください。外観の観察はいつでも可能です。
Q明治村第四高等学校武術道場無声堂弓道場は、なぜ柱がないのですか。
A的場に向かった間口いっぱい5間、およそ9.1メートルを無柱にするために、洋風のトラス小屋組が使われているためです。弓道では射手が横に並んで同時に矢を放つため、射線上に柱があるとその位置が使えなくなります。用途が構造を決めた例といえます。
Q明治村第四高等学校武術道場無声堂弓道場と主屋はどういう関係ですか。
A無声堂は柔道場・剣道場・弓道場からなる武道場で、剣道場と柔道場は建築面積509平方メートルの主屋に収まり、72平方メートルの弓道場は出入口の土間を介してその主屋とつながっています。文化庁の登録では主屋と弓道場が別々の1棟として扱われています。
Q明治村第四高等学校武術道場無声堂弓道場はもともとどこにあった建物ですか。
A石川県金沢市仙石町にあった旧制第四高等学校の武術道場として、大正6年(1917年)に建てられました。同校は現在の金沢大学の前身のひとつです。昭和44年(1969年)に解体され、昭和45年(1970年)に博物館明治村へ移築されました。

基本情報

名称明治村第四高等学校武術道場無声堂弓道場
所在地愛知県犬山市内山1 博物館明治村内
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成16年(2004年)
員数1棟
寸法建築面積72平方メートル
所有者公益財団法人明治村
公開状況一般公開。博物館明治村の入村者が見学できる

参考文献

国指定文化財等データベース 明治村第四高等学校武術道場無声堂弓道場(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00003857
国指定文化財等データベース 明治村第四高等学校武術道場無声堂主屋(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00003856
文化遺産オンライン 明治村第四高等学校武術道場無声堂弓道場
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/116937
博物館明治村 第四高等学校武術道場「無声堂」
https://www.meijimura.com/sight/第四高等学校武術道場「無声堂」/
博物館明治村 開村スケジュール
https://www.meijimura.com/guide/open/
博物館明治村 各種料金
https://www.meijimura.com/guide/price/
博物館明治村 村内での撮影について
https://www.meijimura.com/photography/

最終更新日: 2026.09.03