密蔵院多宝塔 ―― 禅宗様をまとった室町の塔

多宝塔は、本来であれば天台・真言といった密教寺院に建てられる形式の塔である。ところが愛知県春日井市の密蔵院に立つ多宝塔は、その密教の塔でありながら、鎌倉時代に中国から伝わった禅宗様の手法を取り入れて建てられた。軒先は隅に向かって鋭く反り上がり、和様の落ち着いた塔とは異なる印象をあたえる。建立は室町時代中期。かつて全国に七百あまりの末寺を擁した大寺の境内で、中世から残る唯一の建造物がこの塔である。

春日井市の東のはずれ、名古屋市との境にほど近い静かな境内に、塔は今も立っている。往時の堂塔の多くは失われ、訪れる人も少ない。だからこそ、ひとつの塔と向き合う時間が得られる場所でもある。

尾張屈指の天台寺院だった密蔵院

密蔵院が開かれたのは嘉暦3年(1328年)、開山は慈妙上人である。正式には医王山薬師寺密蔵院といい、比叡山延暦寺の末寺として中本寺格に位置づけられた地方の拠点寺院であった。慈妙はここで葉上流の灌頂を伝え、最盛期には塔頭三十六坊が立ち並び、修行の学侶は三千人を超えたという。位を授かるために、各地から僧が集まる寺だった。

その隆盛は長くは続かなかった。戦国時代、織田信長と延暦寺の対立は末寺にも及び、密蔵院も衰え、末寺はおよそ百寺にまで減ったとされる。再興されたのは元和元年(1615年)のことで、葉上流の珍祐が入寺して七堂を立て直した。珍祐はのちに名古屋城三の丸の東照宮の別当も務めている。

檀家を持たず、僧に位を授けることを本分とした寺であったため、明治以降は維持が難しくなった。明治24年(1891年)の濃尾地震では本堂・仁王門・灌頂堂などが倒壊し、昭和の初めには塔頭はわずか一坊を残すのみとなる。そうした幾度もの試練を、多宝塔はくぐり抜けてきた。

重要文化財に指定された理由

多宝塔は日本独特の塔形式で、方形の初層の上に白い亀腹がふくらみ、その上に円筒形の塔身、さらに方形の屋根と相輪が載る。法華経で釈迦の教えを証明するために宝塔のなかに現れる多宝如来にちなむ塔であり、もとは密教系の寺院が好んで建てた。

密蔵院の多宝塔が異色とされるのは、その様式にある。密教の塔が多く採る和様ではなく、鎌倉期に中国から渡来した禅宗様の細部を取り入れている。もっとも分かりやすいのは屋根で、軒が水平に流れず、隅へ向かって強く反り上がる。三間多宝塔、すなわち初層の各面を三間に分かつ構えで、屋根は瓦ではなく薄く割った板を重ねるこけら葺とする。塔の高さはおよそ16メートルと伝えられる。

国による重要文化財の指定は大正9年(1920年)4月15日で、愛知県内でも早い時期の指定にあたる。塔から見つかった棟札5枚が附(つけたり)として塔とともに保護されている。墨書のある棟札は、建物の造営や修理の年代を裏づける手がかりとなる資料である。

訪れたときに見たいところ

塔から少し離れて、軒の線を眺めてみたい。隅に向かって反り上がる軒は、この塔に禅宗様の表情をあたえている細部で、一日のうちでも光の向きによって見え方が変わる。風雨にさらされて灰色に毛羽立ったこけら葺の屋根が、初層の白い亀腹と接するところには、瓦葺では出せない柔らかさがある。

見どころは塔だけではない。本尊である木造薬師如来立像も重要文化財だが、こちらは秘仏として収蔵庫に安置され、ふだんは拝観できない。寺が所蔵する指定文化財は、県指定の兜率天曼荼羅や市指定の慈妙上人画像を含めて29件にのぼる。

その扉が開く日が年に一度ある。毎年10月の第一日曜日、密蔵院は所蔵する文化財を一般に公開し、平安から江戸にかけての釈迦像や観音像などの絵画が収蔵庫から出される。夏には夕暮れ後に塔がライトアップされることもあり、こけら葺の屋根は灯りのもとで昼とは違う表情を見せる。

密蔵院の周辺

春日井はゆっくり歩く価値のある町である。平安時代の能書家、三跡のひとり小野道風とゆかりが深く、道風記念館では書の名品とともに企画展が催される。密蔵院と合わせて訪ねたい寺社としては、市内の円福寺や内々神社がある。

緑を求めるなら、水辺と遊歩道のある落合公園、6世紀の前方後円墳が残る二子山公園がよい。春日井にはもうひとつ意外な顔があり、古くからサボテン栽培の盛んな土地として知られる。市内の店や料理に、その名残を見つけることができる。

Q&A

Q多宝塔の内部に入れますか。
Aいいえ。内部の拝観はできず、塔は境内から眺める形になります。塔の周囲は歩いて回れるので、軒の反りやプロポーションは外からじっくり見るのが適しています。
Q寺が所蔵する他の文化財はいつ見られますか。
A収蔵する釈迦像や観音像などの絵画は、毎年10月第一日曜日に一般公開されます。本尊の木造薬師如来立像は秘仏で、通常は公開されていません。
Qこの多宝塔は他の多宝塔と何が違うのですか。
A多宝塔の多くは密教寺院に属し、和様で建てられます。この塔は中国由来の禅宗様を用いており、とりわけ軒が隅へ向かって強く反り上がる点が特徴で、この形式の塔としては珍しい作例です。
Q公共交通機関での行き方を教えてください。
AJR中央線で春日井駅または神領駅まで行き、かすがいシティバス東環状線で「熊野町」下車、そこから徒歩約10分です。

基本情報

名称密蔵院多宝塔(みつぞういんたほうとう)
所在地愛知県春日井市熊野町3133
指定区分重要文化財(大正9年〈1920年〉4月15日指定)
時代室町時代中期(1393〜1466年)
構造三間多宝塔、こけら葺。高さ約16メートル
員数1基(附として棟札5枚)
所有者密蔵院
交通JR中央線 春日井駅・神領駅/かすがいシティバス東環状線「熊野町」下車、徒歩約10分
公開状況塔は外観のみ拝観可。所蔵文化財は毎年10月第一日曜日に一般公開

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/1226
文化遺産オンライン(国立文化財機構)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/185376
密蔵院(春日井市公式ホームページ)
https://www.city.kasugai.lg.jp/business/1009248/kanko/mitukura.html
密蔵院について(密蔵院公式ホームページ)
http://www.mitsuzouin.org/about_mitsuzouin.html

最終更新日: 2026.06.01