飛騨の合掌造民家が数寄者の山荘になるまで
どうだん亭(旧浅井家住宅離れ)は、愛知県尾張旭市霞ヶ丘町にある木造2階建の近代数寄屋建築で、享保8年(1723年)建築の合掌造民家を昭和17年(1942年)に移築して再構成したものであり、平成20年(2008年)に国の登録有形文化財に登録された。
建物は名古屋市の東に接する住宅地の、小高い敷地の中央に建つ。ただし来歴をたどるには、いったん飛騨の山中まで遡る必要がある。享保8年(1723年)、岐阜県吉城郡坂下村(現在の飛騨市)に、荒木家の住まいとして合掌造の大きな民家が建てられた。雪国らしい急勾配の屋根と、太い材を組んだ骨太の架構をもつ家である。
この民家に目をつけたのが、名古屋の実業家・浅井竹五郎だった。明治23年(1890年)大阪の生まれで、名古屋市東区に本拠を置く陶磁器輸出業・浅井産業合名会社を経営していた人物である。愛知県の文化財調査によれば、同社は第二次世界大戦のころ陶磁器の取扱高で全国一を占めたこともあるといい、浅井は加藤唐九郎ら若い陶芸家を後援した数寄者としても知られる。昭和15年(1940年)から、現在のどうだん亭の敷地と南隣の一帯にまたがる邸宅「玄々荘」の建設を進めていた。
昭和17年(1942年)、飛騨の民家は解体され、尾張旭に運ばれて玄々荘の離れとして建て直された。3階建だった架構は2階建に減じられ、全体は山荘風の近代数寄屋建築にまとめ直されている。当時、野趣に富む骨太の田舎家を屋敷内に移す風が数寄者のあいだで流行しており、どうだん亭はその一例にあたる。文化庁の解説が「急勾配の下屋屋根や室内のチョウナ梁に名残をとどめる」と記すとおり、飛騨の民家の面影は今も内部に残っている。
登録の理由と対象範囲
どうだん亭(旧浅井家住宅離れ)は平成20年(2008年)4月18日に登録有形文化財として登録され、同年5月7日に告示された。登録基準は「造形の規範となっているもの」である。対象は1棟で、浅井が離れとして再構成した移築部分の母屋が該当する。昭和42年(1967年)に東側へ増築された台所と2階建の離れは登録の範囲外であり、尾張旭市が「建物の一部が登録」と案内しているのはこのためである。
評価の核心は、昭和10年代の名古屋圏における住宅文化の一断面を伝えている点にある。古い農家の梁や柱を茶の湯の美意識で見立て直し、都市の富裕層が屋敷内に移築する。どうだん亭はそうした実践の保存状態のよい例で、合掌造の架構を残しつつ、間取りや建具、寸法を都会の暮らしに合わせて再編した過程を読み取ることができる。
登録データでは木造2階建、瓦葺、建築面積89㎡。主屋根は切妻造の桟瓦葺で、下屋部分は現在カラーベスト葺だが、旧状は茅葺であったとされる。
どうだん亭の見どころ
南面東寄りの玄関を入ると、家の中は二つの世界に分かれる。玄関から西側がすべて移築された18世紀の部分で、8畳の部屋を田の字型に4室並べ、南側と西側に廊下を回している。南西の8畳間が格式の高い座敷で、床の間と地袋付きの床脇が設けられている。
中心となるのは1階中央の客間である。ここは天井を張らず、高さ4メートルを超える吹き抜けとし、合掌造の太い梁を露出させている。黒々とした材にチョウナの削り跡が残り、船の肋骨のように頭上を渡る。文化庁が「チョウナ梁」と記して評価したのはこの眺めで、飛騨の家の記憶をもっとも強く感じられる場所でもある。
庭に出ると、どうだん亭の名の由来となった庭園が広がる。昭和42年(1967年)に建物が曳屋で現在地へ少し東に移されたころに造られたもので、二つの謡曲を主題にしている。「鶴亀」からは、庭中央の築山が亀を、枯れ池と飛び石が鶴をあらわす構成が採られた。「紅葉狩」からは、秋に色づくカエデとドウダンツツジが選ばれ、地面一面にスギゴケが張られている。4月中旬にはドウダンツツジの白い釣鐘形の花が枝を埋め、11月には葉が深紅に染まる。
浅井のあと、どうだん亭は所有者を変えている。昭和42年(1967年)に大岩憲正が入手して居宅とし、東側の増築を行った。平成9年(1997年)に尾張旭市へ寄付され、水屋と炉を新設した改修を経て、平成11年(1999年)から市の文化施設として使われている。
見学方法とアクセス:一般公開の現状
尾張旭市は長年、どうだん亭を年に3回、ひな祭りの時期、ドウダンツツジが咲く4月中旬、紅葉の11月に無料で一般公開してきた。しかし現在この公開は行われていない。市は施設の老朽化を理由に令和7年度(2025年度)から一般公開を取りやめており、2026年3月更新の公式ページにも、一般公開は行っていない旨が明記されている。どうだん亭は貸館施設としての運営を続けており、茶会や展示、会合などの用途で予約して使うことはできる。
開館時間は午前9時から午後5時まで、休館日は年末年始(12月29日から1月3日)である。申し込みは使用日の3日前までに、中央公民館内にある市の生涯学習課文化振興係の窓口で行う。2026年4月使用分からの使用料は、母屋1階が非営利目的で1時間420円、営利目的はその3倍で、離れの各階はこれより安い。利用者は庭園の中に立ち入らないよう求められており、古い手すりや窓枠、洗面台などに体重をかけないよう市が注意を促している。
一般公開が再開されるかどうかは公表されていないため、内部の見学を希望する場合は、出かける前に尾張旭市の公式サイトを確認するか、生涯学習課に電話で問い合わせたい。撮影の可否についても公表された規定はなく、現地の職員に確認する必要がある。
どうだん亭へは、名古屋・栄町から出る名鉄瀬戸線の印場駅から徒歩約10分。周囲は住宅地で駐車場がごく限られるため、公共交通機関の利用が現実的である。
Q&A
- どうだん亭(旧浅井家住宅離れ)は見学できますか?入場料はかかりますか?
- 尾張旭市は建物の老朽化を理由に、令和7年度(2025年度)からどうだん亭の一般公開を行っていません。2026年3月時点でも定期的な公開はなく、貸館施設(午前9時から午後5時、使用日の3日前までに市の生涯学習課で申し込み)として運営されています。内部を見るには部屋を借りるか、そこで開かれる催しに参加する形になります。
- どうだん亭にはなぜ飛騨の古い民家が使われているのですか?
- 名古屋の陶磁器輸出商・浅井竹五郎が、現在の岐阜県飛騨市坂下にあった享保8年(1723年)建築の合掌造民家を入手し、昭和17年(1942年)に自邸の離れとして尾張旭へ移築したためです。移築の際に3階建を2階建に減じ、数寄屋風の山荘に改めています。
- どうだん亭はいつ登録有形文化財になり、どの部分が対象ですか?
- 平成20年(2008年)4月18日に登録有形文化財として登録されました。対象は移築された母屋の1棟で、昭和42年(1967年)に東側へ増築された台所や2階建の離れは含まれません。
- どうだん亭へ電車で行くにはどうすればよいですか?
- 名古屋市中心部の栄町駅から名鉄瀬戸線に乗り、印場駅で下車して徒歩約10分です。現地の駐車場はごく限られています。
- どうだん亭の内部で特に注目すべき場所はどこですか?
- 1階中央の客間です。天井高4メートルを超える吹き抜けに、享保8年(1723年)の民家に由来するチョウナ削りの合掌梁がそのまま架かっています。床の間を備えた南西の8畳間も、もっとも整った座敷として見ておきたい部屋です。
基本情報
| 名称 | どうだん亭(旧浅井家住宅離れ) |
|---|---|
| 所在地 | 愛知県尾張旭市霞ヶ丘町南298他 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 指定年 | 平成20年(2008年)登録 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 木造2階建、瓦葺、建築面積89㎡ |
| 所有者 | 尾張旭市 |
| 公開状況 | 令和7年度(2025年度)以降、一般公開なし。貸館施設として運営(午前9時から午後5時、年末年始休館) |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース:どうだん亭(旧浅井家住宅離れ)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00007052
- 文化遺産オンライン:どうだん亭(旧浅井家住宅離れ)
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/119924
- 文化財ナビ愛知(愛知県):どうだん亭(旧浅井家住宅離れ)
- https://jmapps.ne.jp/aichi_bunkazai/det.html?data_id=2115
- 尾張旭市 あさひの魅力サイト:どうだん亭(国登録有形文化財)
- https://www.city.owariasahi.lg.jp/site/asahi-miryoku/48890.html
- 尾張旭市デジタルミュージアム:どうだん亭(旧浅井家住宅離れ)
- https://www.city.owariasahi.lg.jp/site/digitalmuseum/39393.html
- Aichi Now(愛知県公式観光サイト):どうだん亭
- https://aichinow.pref.aichi.jp/spots/detail/3045
最終更新日: 2026.09.02