御深井丸に残る煉瓦の一棟
乃木倉庫は、愛知県名古屋市中区の名古屋城御深井丸(おふけまる)に建つ明治初期の煉瓦造倉庫で、1997年(平成9年)に登録有形文化財となった。建築面積は91平方メートル、平屋建の小さな建物である。
御深井丸は本丸の北西にひろがる区画で、天守の足元をめぐる観覧路からは少し外れる。人の流れが細くなったあたり、木立に囲まれて四角い建物が現れる。屋根は切妻造、桟瓦葺。窓は小さく、数も少ない。装飾らしい装飾は見当たらない。倉庫という言葉がそのまま形になったような姿である。
文化庁の国指定文化財等データベースは、乃木倉庫を旧陸軍の火薬庫と記す。年代は明治初期で、1868年から1911年のあいだに置かれている。名古屋城が軍の施設として使われた時代の遺構であり、城内では江戸時代の櫓や門とも、戦後に再建された建物とも系統が違う。
「再現することが容易でないもの」
乃木倉庫が登録有形文化財となったのは1997年(平成9年)6月12日、登録番号は23-0005である。適用された登録基準は「再現することが容易でないもの」だった。国土の景観に寄与している、造形の規範となっている、といった別の基準ではなく、失われたら取り返しがつかない、という理由で登録されている。
ここでいう「登録」は「指定」とは別の制度である。指定が限られた優品を手厚く守るのに対し、1996年(平成8年)に始まった登録は、築後おおむね50年を過ぎた多くの建造物を、使い続けながら残すための緩やかな枠組みにあたる。名古屋城のなかで登録有形文化財となっているのは乃木倉庫だけで、城の年表にも1997年の一行として残る。
煉瓦造の建物は明治期に各地で建てられ、そして減った。地震で崩れ、戦災で焼け、建て替えで消えた。名古屋の市街地は1945年の空襲でほぼ焼き払われている。乃木倉庫が明治初期の姿のまま城内に立っていること自体が、めずらしい事態である。
角だけが石に見える
乃木倉庫の外壁は煉瓦を積み上げた構成だが、建物の隅だけは扱いが違う。角の部分が石積みのように見える形に造り出されており、文化庁のデータベースはこれを高度な技術として挙げている。煉瓦は寸法の揃った小さな部材で、そのまま積めば角は角として立つ。石積みらしい表情を出すには、積み方にも加工にも手が要る。
実用一点張りの軍の倉庫に、そこだけ意匠が入っている。近づいて見ると、目地の通り方が壁面と隅で変わるのがわかる。
屋根まわりも見ておきたい。煉瓦の箱に載っているのは瓦葺の切妻造で、西洋の構法と日本の屋根が同じ建物のうえで折り合っている。明治初期の日本が、外から来た技術をどう受け止めたかが、このささやかな一棟に出ている。床下には通風孔が開き、壁の厚みがそこから覗ける。火薬を収めるための建物だったことを思えば、湿気を抜く仕掛けは当然のものだった。
名前の由来は、確かではない
乃木倉庫という名は、陸軍軍人の乃木希典(のぎまれすけ)にちなむと伝えられてきた。乃木が名古屋に在任した時期と建物の年代は重なる。ただし名古屋城の公式サイトは、この由来を確かなものとしていない。文化庁のデータベースも、そう名付けられたと伝わる、という書き方をとる。
誰が呼びはじめたのかも、いつからそう呼ばれたのかも、記録がない。旧称としては旧歩兵第六連隊弾薬庫などが伝わる。名前のほうが建物より有名になり、由来のほうは残らなかった。
1945年5月、この倉庫が守ったもの
1945年(昭和20年)5月の空襲で、名古屋城の天守と本丸御殿は焼け落ちた。しかし本丸御殿を飾っていた襖絵と天井板絵の多くは残った。空襲の前に取り外され、別の場所へ移されていたためである。移し先の一つが乃木倉庫だった。名古屋城の公式サイトは、乃木倉庫が焼失を免れ、あらかじめ避難させてあった障壁画や天井画が守られたと説明している。
現在、天井板絵700面を含む1,047面が西の丸御蔵城宝館で保存され、公開されている。2018年(平成30年)に復元が完成した本丸御殿の内部を飾る絵は、この実物が拠りどころとなって描き直されたものである。
城のなかでもっとも地味な建物が、もっとも華やかな絵を抱えて夜を越した。乃木倉庫の前に立つとき、頭の隅に置いておきたい事実である。
見学の実際
乃木倉庫は名古屋城の観覧区域のなかにあるため、見学には名古屋城の観覧料が必要になる。大人500円、中学生以下は無料。名古屋市は2026年10月1日から観覧料を改定し、大人は1,000円になる。開園時間は午前9時から午後4時30分まで、休園日は12月29日から31日と1月1日である。天守閣は内部に入れない状態が続いている。
乃木倉庫そのものは内部が公開されていない。見学は外観に限られる。周囲をひとめぐりして、隅の造り出しと屋根の納まりを確かめるのがこの建物の見方になる。屋外に建つので外観の撮影に支障はないが、営業目的の撮影には申請が要るため、公式サイトの案内を確かめてほしい。
行き方は地下鉄名城線の名古屋城駅が近い。7番出口から正門まで徒歩5分ほど。名鉄瀬戸線の東大手駅からは徒歩15分ほどで東門に着く。正門から入った場合、乃木倉庫のある御深井丸は本丸の北西にあたり、天守を右手に見ながら北へ回り込む。同じ御深井丸には西北隅櫓(清洲櫓)と茶席の一群があり、あわせて歩ける位置にある。城内の見学の目安はおよそ1時間から1時間30分とされている。
Q&A
- 乃木倉庫の内部は見学できますか。
- 内部は公開されていません。名古屋城の御深井丸に建っており、見学は外観に限られます。建物のまわりを歩いて、隅の造り出しや屋根の形を見ることはできます。
- 乃木倉庫を見るのに料金はかかりますか。開園時間は。
- 名古屋城の観覧料が必要です。大人500円、中学生以下は無料で、2026年10月1日から大人は1,000円に改定されます。開園は午前9時から午後4時30分まで、休園日は12月29日から31日と1月1日です。
- 乃木倉庫という名前の由来は何ですか。
- 陸軍軍人の乃木希典にちなむと伝えられていますが、確かな由来ではありません。名古屋城の公式サイトも文化庁のデータベースも、そう伝わるという書き方にとどめています。
- 乃木倉庫は何のために建てられたのですか。
- 旧陸軍の火薬庫として建てられました。明治初期の建築で、煉瓦造の平屋建、建築面積は91平方メートルです。1945年の空襲の際には、本丸御殿から取り外された障壁画や天井画の避難先の一つとなりました。
- 乃木倉庫へはどう行けばよいですか。
- 地下鉄名城線の名古屋城駅7番出口から正門まで徒歩5分、名鉄瀬戸線の東大手駅から東門まで徒歩15分ほどです。正門を入って本丸の北西へ回り込むと御深井丸に着きます。
基本情報
| 名称 | 乃木倉庫(のぎそうこ) |
|---|---|
| 所在地 | 愛知県名古屋市中区本丸1(名古屋城 御深井丸) |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 指定年 | 1997年6月12日登録(登録番号 23-0005) |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 建築面積91平方メートル、煉瓦造平屋建、切妻造桟瓦葺 |
| 所有者 | 名古屋市 |
| 公開状況 | 内部非公開。名古屋城の観覧区域内にあり外観のみ見学可 |
参考文献
- 乃木倉庫 — 国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00000214
- 乃木倉庫 — 文化遺産オンライン(文化庁)
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/113094
- 名古屋城 — 観覧ガイド(名古屋城公式ウェブサイト)
- https://www.nagoyajo.city.nagoya.jp/guide/nagoyajo/
- 名古屋城の文化財一覧(名古屋城公式ウェブサイト)
- https://www.nagoyajo.city.nagoya.jp/learn/property/list/
- 利用案内(名古屋城公式ウェブサイト)
- https://www.nagoyajo.city.nagoya.jp/info/
- 料金(名古屋城公式ウェブサイト)
- https://www.nagoyajo.city.nagoya.jp/info/fee/
- 本丸御殿障壁画(名古屋城公式ウェブサイト)
- https://www.nagoyajo.city.nagoya.jp/learn/property/hekiga/
最終更新日: 2026.09.03