参拝のためではなく、客を迎えるための建物

善行寺玄関座敷は、愛知県名古屋市中川区愛知町にある真宗大谷派寺院の玄関棟で、江戸時代後期の建築、平成30年(2018年)5月10日に国の登録有形文化財となった。

寺を訪ねる人の足は、たいてい本堂へ向かう。儀礼が行われる場所であり、境内でもっとも大きい建物であることが多いからだ。ここで取り上げる一棟は、それとはまったく別の役割を負っている。その役割を知ると、建物の見え方が変わる。

格式ある寺院は、人を迎えなければならなかった。藩の役人、本山からの高僧、参拝ではなく用向きで訪れる門徒総代。彼らを本堂に通すのは筋が違い、庫裏に上げるのはなお具合が悪い。そこで応接専用の一棟が構えられる。善行寺本堂の東に隣接して建つのが、その建物である。

用途がわかれば、平面は理解しやすい。八畳と六畳の座敷が並び、そこから廊下が伸びて、前方は本堂へ、後方は庫裏へつながる。客を改まった席と内向きの席のあいだで動かすのに、いちど外へ出る必要がない。木造平屋建、瓦葺、建築面積はおよそ108平方メートル。

正面に並ぶ、格式の記号

前に立つと、意匠のひとつひとつが格式の表明として働いていることに気づく。

主屋根は切妻造で、葺かれているのは本瓦。平瓦と丸瓦を交互に伏せる正式な葺き方で、軽量な桟瓦よりはるかに手間も費用もかかる。出入りは平入、つまり軒側からとなる。その正面中央に、間口二間で張り出しているのが式台玄関である。屋根は入母屋。

式台という語は説明しておきたい。上がり口に設けられた幅広の板敷きのことで、江戸時代にはこれを構えられる家格が制度として定まっていた。相応の格式をもつ武家屋敷には式台があり、町家にはない。ここに式台があるのは、この建物が「迎えるべき客が来る建物」だと宣言しているに等しい。

意匠を締めているのは二つの要素である。玄関の妻面を埋めるのは木連格子。細い縦材を密に並べ、三角形の妻飾りとしたものだ。玄関の両脇間には花頭窓が開く。上端が火炎形に反り上がる窓で、禅宗建築とともに日本へ入り、のちに宗派を越えて広まった。善行寺は真宗大谷派であって禅の系譜とは無縁だが、十八世紀にはこの窓はすでに「格式の形」として通用していた。

文化庁は建立年を特定せず、江戸後期、西暦でおよそ1751年から1830年の幅として記録している。登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。同じ寺のなかでも建物ごとに基準は異なる。

一日に六棟

この玄関棟は、平成30年5月10日、善行寺の他の五棟とともに登録された。本堂(御成間を含む)、鐘楼、太鼓楼、手水舎、山門である。一棟ずつではなく群として登録されたのには理由がある。価値が個々の建物だけでなく、その配置と関係のなかにあると認められたからだ。

群の中心はやはり本堂である。桁行五間、梁間五間、入母屋造本瓦葺で向拝一間を付す。手がけたのは尾張藩の御大工をつとめた伊藤平左衛門。内部は外陣の柱を省略し、矢来内にかけて小組格天井を一面に張る。虹梁や組物の造作も充実している。

善行寺の由緒は、改宗から始まる。もとは愛知郡米野村にあった臨済宗の晋廣寺で、その四世覚順が浄土真宗第八世の蓮如上人に帰依し、文亀元年(1501年)に浄土真宗へ転じた。本堂に残る棟札から、宝永3年(1706年)までには現在地へ移っていたことが分かっている。本尊は阿弥陀如来。

境内に土俵がある七月

毎年七月、この境内では少し予想外のことが起きる。

大相撲名古屋場所の期間、遠征してくる相撲部屋は宿舎を必要とする。善行寺は令和3年(2021年)から荒汐部屋の宿舎を引き受けている。境内には稽古用の土俵が設けられ、場所中の朝稽古は見学者に開かれる。寺の庭で間近に相撲の稽古を見る朝の時間は、なかなか得がたい。しかも無料である。

寺は他の面でも開かれた姿勢をとっている。寺カフェを営み、お供えを地域の児童館におすそわけする取り組みも続けている。令和6年(2024年)には本堂等の修復工事が完了し、令和7年(2025年)には納骨堂「桜堂」が竣工した。

訪問者にとって、この性格は実際的な意味を持つ。善行寺は拝観券を売る観光寺院ではなく、玄関座敷も展示物ではない現役の建物である。境内を歩き、建物を外から眺めるだけなら事前の手続きは要らない。座敷の内部を見たい場合は、あらかじめ寺に相談する必要がある。法要中や納骨堂での撮影は、ひと言確認してからにしたい。

名古屋市内としては行きやすい場所にある。市バス「五月通」下車すぐ。車なら名古屋高速万場線の黄金インターチェンジがごく近い。なお所在地について、文化庁の台帳は地番表記で愛知町4132としており、寺が用いる住居表示は愛知町41-19である。

Q&A

Q善行寺玄関座敷とはどのような建物で、何に使われてきたのですか。
A本堂の東に隣接する、寺の正式な玄関と応接用の座敷です。八畳と六畳の座敷が並び、廊下で前方の本堂、後方の庫裏とつながります。参拝のためではなく、寺の用向きで訪れる格式ある客を迎えるために建てられました。
Q善行寺玄関座敷は見学できますか。拝観料は必要ですか。
A善行寺の境内は自由に歩くことができ、建物は境内から外観を見られます。拝観料はかかりません。ただし現役で使われている建物のため内部は常時公開されておらず、座敷の中を見たい場合は事前に寺へ相談してください。
Q善行寺玄関座敷はいつ建てられ、いつ登録されたのですか。
A文化庁は建立年を特定せず、江戸後期、西暦でおよそ1751年から1830年の幅としています。登録は平成30年(2018年)5月10日、第90回登録で、基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」です。
Q善行寺玄関座敷で注目すべき意匠はどこですか。
A正面の三点です。間口二間で入母屋屋根を載せて張り出す式台玄関、玄関の妻面を埋める木連格子、そして玄関の両脇間に開く花頭窓。いずれも格式ある表構えを構成する要素です。
Q善行寺玄関座敷のある善行寺で、相撲の稽古が見られるというのは本当ですか。
A本当です。令和3年(2021年)から大相撲名古屋場所の期間、荒汐部屋の宿舎となっています。境内に稽古用の土俵が設けられ、場所中の朝稽古が見学者に開かれます。見学は無料です。

基本情報

名称善行寺玄関座敷(ぜんぎょうじげんかんざしき)
所在地愛知県名古屋市中川区愛知町4132(住居表示では愛知町41-19)
指定区分登録有形文化財(建造物)/登録番号 23-510/登録基準「国土の歴史的景観に寄与しているもの」
指定年平成30年(2018年)5月10日登録/第90回登録
員数1棟
寸法木造平屋建、瓦葺、建築面積約108平方メートル/切妻造本瓦葺平入、正面中央に間口二間の入母屋式台玄関
所有者宗教法人善行寺
公開状況境内は自由に散策可、外観見学可。内部は常時非公開で事前相談が必要。七月の名古屋場所期間は朝稽古の見学が可能

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「善行寺玄関座敷」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00012371
安井山善行寺 公式サイト「善行寺について」
https://zengyoji.or.jp/about/
文化遺産オンライン「善行寺本堂」
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/438170

最終更新日: 2026.08.06