石孫本店とは
石孫本店は、秋田県湯沢市岩崎にある安政2年(1855年)創業の味噌・醤油醸造元で、明治16年(1883年)から大正5年(1916年)にかけて建てられた蔵5棟が平成10年(1998年)12月11日に登録有形文化財となった。登録されているのは内蔵と2号蔵・3号蔵・4号蔵・5号蔵で、いずれも土蔵造2階建、屋根は鉄板葺である。読みは「いしまごほんてん」。
屋号は代々の当主の名から来ている。初代から石川孫左ヱ門の名を襲名してきたため、石川の「石」と孫左ヱ門の「孫」を取って「石孫」と呼ばれるようになった。現在の当主は六代目にあたる。
登録された蔵は、保存のために閉じられた建物ではない。道路沿いの醸造蔵は建てられた当時から仕込みの場として使われ続け、中には容量三十石(約5.4キロリットル)の木桶が据えられている。店は秋田県産の原料だけを使い、麹蓋による麹づくりと木桶での熟成を続けていると公式サイトで説明している。石孫本店の蔵を訪ねることは、現役の仕事場に入ることでもある。
石孫本店の歩み
石孫本店の創業年には二つの記録がある。『岩崎町史』は、肝煎の石川平兵衛の叔父にあたる初代石川孫左ヱ門が弘化2年(1845年)に醤油醸造を始めたと記す。大正時代の店のパンフレットは創業を安政2年(1855年)とし、店はこちらを創業年としている。文化庁と湯沢市の解説も安政2年(1855年)創業とし、湯沢市は雄勝郡で最も古い醤油醸造元と位置づけている。
店の沿革によれば、初代は酒どころだった岩崎の気候と水が醤油にも向くと見て、杜氏の南部三郎を招いて試作を重ねた。当時この地方ではたまりが主に使われ、醤油はまだ広まっていなかったという。
店を大きくしたのは二代目の孫左ヱ門である。明治に入ると、醤油づくりの先進地だった千葉県の野田と銚子を繰り返し視察した。分銅の形に「仁」の字を入れた醤油の樽印「フンドウジン」を考案したのも、味噌の醸造を始めて「井桁印岩崎味噌」を売り出したのもこの代だった。文化庁の解説は、店が急成長したこの二代目の時代に各蔵がつくられたとしている。
戦時の統制で県内各地の支店は解散させられ、石孫本店は本店だけになった。原料の配給が滞った時期にも造りを止めなかったと店は伝えている。平成17年(2005年)に有限会社石孫本店として法人化した。
一人の棟梁が建てた蔵の並び
石孫本店の各蔵には棟札が残り、施主は二代石川孫左ェ門、大工棟梁は斎藤彦右衛門と分かっている。彦右衛門はこの土地で仕事をした大工で、明治16年(1883年)の内蔵から大正5年(1916年)の5号蔵まで、33年にわたって石孫本店の蔵を手がけた。
醸造蔵の2号蔵から5号蔵は、敷地の中を北から南へ道路に沿って並ぶ。建築面積はどれも165平方メートルで、通りから見ると揃いの蔵が連なる。ところが屋根を支える小屋組は同じではない。3号蔵と4号蔵は和小屋、2号蔵と5号蔵は洋小屋である。
- 内蔵:明治16年(1883年)、文庫蔵、建築面積96平方メートル
- 3号蔵:明治30年(1897年)、圧搾工程の製成庫、和小屋
- 4号蔵:明治33年(1900年)、速造室・仕込場・石造の麹室、和小屋
- 2号蔵:明治43年(1910年)、仕込み倉庫、洋小屋
- 5号蔵:大正5年(1916年)、仕込み倉庫、洋小屋
建てた順に並べると、切り替わりの時期が見えてくる。明治33年(1900年)の4号蔵までは和小屋、明治37年(1904年)の1号蔵(現存しない)からは洋小屋である。湯沢市は、明治から大正にかけて一人の大工の技術がどう移り変わったかを確かめられる点に、石孫本店の蔵の価値を認めている。
登録の基準は棟によって分かれる。内蔵は「再現することが容易でないもの」、2号蔵から5号蔵は「造形の規範となっているもの」として登録された。
蔵の外壁には井桁の印が掲げられている。石孫本店の味噌の商標で、揃いの半纏の背にも大きく染め抜かれてきた。店の沿革は、由来を記した記録は残っていないとしたうえで、酒造業を営んでいた本家から伝わり、創業前から屋号のように使われていたのではないかと推測している。
失われた1号蔵
平成10年(1998年)の登録時、石孫本店の醸造蔵は5棟が並んでいた。2号蔵の北隣に建っていたのが1号蔵である。明治37年(1904年)に洋小屋で建てられた醤油の醸造蔵で、店の沿革はいちばん大きく古い蔵だったと記す。
平成23年(2011年)、1号蔵は倒壊した。店によれば、それ以前の地震で傷んでいたところへ、まれに見る豪雪で下ろしきれなかった雪の重みがかかり、3月11日の東日本大震災の揺れで崩れ落ちたという。文化庁の登録抹消の一覧では、石孫本店1号蔵は解体等による抹消として平成24年(2012年)5月17日に登録を外れている。
醤油の仕込みは、北端となった2号蔵を改築して引き継いだ。文化庁の解説が、外観の意匠と規模だけでなく洋小屋の工法まで1号蔵とよく似ると評した蔵である。道路沿いに5棟が並ぶ景観は4棟になったが、石孫本店の醸造は同じ並びの中で続いている。
石孫本店の見学とアクセス
石孫本店は営業中の醸造元で、店舗の物販コーナーは予約なしで誰でも入れる。蔵の内部は予約制の蔵見学で案内される。味噌と醤油の仕込みの工程に沿って、麹室や熟成蔵の木桶、仕込みに使う昔ながらの道具を説明を聞きながら見て回る内容である。料金は1人1,000円で、3種類から選べるお土産が付く。大人が同伴する小学生以下は無料。所要時間は、公式サイトの蔵見学のページが約30分、店のオンラインショップの案内が約1時間としている(2026年9月24日確認)。
予約は来訪の3日前までに入れる。仕込みの状況によっては受け付けられない日がある。見学の当日は納豆を食べずに来てほしいと店は求めている。蔵に棲みつく菌の環境に影響するためで、湯沢市観光物産協会の案内はヨーグルトとみかんも避けるよう添え、できれば前日の夜から口にしないよう呼びかけている。仕込み作業を見たいなら午前中の予約が勧められており、冬は防寒の用意が要る。
営業時間は、月曜から金曜が午前9時から午後4時30分、土日祝日とゴールデンウィーク、お盆は午前10時から午後4時まで。毎月第2土曜日が定休日である。蔵の中での撮影の可否は公表資料に記載が見当たらないので、見学の際に確かめたい。道路沿いに並ぶ2号蔵から5号蔵の外観は、店の前の道から眺めることができる。
石孫本店への行き方は、JR奥羽本線の下湯沢駅から徒歩約15分。車では十文字インターチェンジから約8分である。駐車場は、湯沢市観光物産協会の案内によれば夏季に数台分があり、冬季は利用できない。
参考文献
- 国指定文化財等データベース 石孫本店内蔵(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00000933
- 国指定文化財等データベース 石孫本店2号蔵(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00000935
- 国指定文化財等データベース 石孫本店3号蔵(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00000936
- 国指定文化財等データベース 石孫本店4号蔵(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00000937
- 国指定文化財等データベース 石孫本店5号蔵(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00000938
- 石孫本店内蔵ほか4棟(湯沢市の文化財)
- https://www.city-yuzawa.jp/site/bunkazai/2215.html
- 登録の抹消について(文化庁)
- https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/yukei_kenzobutsu/massho/index.html
- 登録有形文化財(建造物)抹消一覧 令和7年9月19日現在(文化庁)
- https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/yukei_kenzobutsu/massho/pdf/94274601_02.pdf
- 蔵の歴史と製法(石孫本店)
- https://ishimago.jp/history/
- 石孫本店 沿革(石孫本店)
- https://ishimago.jp/rekishi.htm
- 蔵見学(石孫本店)
- https://ishimago.jp/tour/
- アクセス(石孫本店)
- https://ishimago.jp/access/
- 会社案内(石孫本店)
- https://ishimago.jp/company/
- 石孫本店 Webショップ(蔵見学の案内)
- https://magozaemon.net/
- 有限会社 石孫本店(湯沢市観光物産協会)
- https://akitayuzawa.jp/activity-02-11.html
最終更新日: 2026.09.24
基本情報
| 名称 | 石孫本店 |
|---|---|
| 所在地 | 秋田県湯沢市岩崎字岩崎162 |
| 所有者 | 有限会社石孫本店 |
| 指定 | 登録有形文化財 5件 |
| 座標 | 39.20366, 140.50839 |