全国の登録有形文化財
全国の登録有形文化財を一覧で検索できます。都道府県、時代、カテゴリーで絞り込み、詳しい解説を読み、地図や旅行のヒントで訪問計画を立てましょう。
三木の実業家小河秀太郎が明治末期に構えた別邸の主屋。間口十一間の入母屋造桟瓦葺で、式台玄関や上段の間を備える。全国から集めた銘木と國包の建具など、材料意匠技術ともに優れた近代和風建築である。
小河家住宅の敷地西辺、主屋と納戸の間に建つ女中部屋。桁行三間の寄棟造桟瓦葺で、七畳半に浴室や便所を備え、更衣室が主屋台所に連絡する。質素な使用人部屋がそのまま遺る稀な例である。
小河家住宅の敷地周囲を巡る外塀。北面では表門でその線を断ち、南北に長い敷地を画す。庭と座敷を街路から隔て、門とともに町へ向ける正面をなす。建物群十一棟が一組で登録された、その輪郭を描く一棟である。
小河家住宅の敷地南半、中庭近くに建つ土蔵。厚い土壁で家財を火や湿気から守る蔵で、主屋や離れと渡り廊下で結ばれた建物群の実用の要をなす。あわせて十一棟が国登録有形文化財となった。
小河家住宅の敷地西辺、女中部屋に隣り合って建つ納戸。付属屋が南北に連なる列に属し、別邸を裏方で支えた物置である。番人小屋や女中部屋とともに、明治末期の別邸の維持の全体像を補う一棟。
兵庫県姫路市大塩町に佇む梶原家住宅内大蔵は、江戸末期に建てられた土蔵造2階建の登録有形文化財。塩田経営で栄えた名家の歴史と、白漆喰・海鼠壁の美しい意匠をご紹介します。
兵庫県姫路市大塩町に佇む梶原家住宅土蔵は、天保13年(1842年)に建てられた登録有形文化財の土蔵です。塩田地主・梶原家の富を伝える白漆喰壁と丁寧な鏝細工が見どころ。大塩の塩業の歴史とともにご紹介します。
明治40年(1907年)にアメリカ人M.J.シェー氏の邸宅として建てられた北野物語館は、コロニアルスタイルの木造洋館です。阪神・淡路大震災後に神戸市が部材を保管し忠実に復元、平成15年に国の登録有形文化財に登録されました。現在はスターバックスコーヒー神戸北野異人館店として営業しており、明治の異人館建築の趣を味わいながらコーヒーを楽しめる唯一無二の空間です。
昭和2年(1927年)に兵庫商人の社交場として建てられた旧岡方倶楽部は、神戸大空襲と阪神・淡路大震災を奇跡的に生き延びた国登録有形文化財です。セセッション様式の洋風建築が兵庫津の繁栄の記憶を今に伝え、2026年6月には神戸市歴史公文書館として新たな役割を担います。
兵庫県朝来市生野町口銀谷にある「旧海崎医院」は、明治時代に建てられた国登録有形文化財。生野銀山の繁栄を今に伝える鉱山町の町並みのなかに、医療文化の歴史を静かに伝えています。
神戸市摩耶山中腹に佇む旧摩耶観光ホテル(マヤカン)は、1929年竣工のアールデコ様式の近代建築です。廃墟としては日本初の国登録有形文化財に登録され、「廃墟の女王」の愛称で知られています。曲面を強調した流線型の外観と、森に包まれた幻想的な佇まいが多くの人々を魅了し続けるこの建物の歴史と見どころをご紹介します。
明治40年に実業家・武藤山治が舞子海岸に建てたコロニアル様式の洋館。国会議事堂の建設を統括した大熊喜邦の設計による円形バルコニーや天然スレート葺の屋根が特徴的な登録有形文化財で、現在は兵庫県立舞子公園内で一般公開されています。
主屋の北西に南面して建つ八木家の家財蔵。弘化3年(1846年)の年紀をもち、土蔵造二階建切妻造本瓦葺で、正面腰を海鼠壁とし戸口に塗戸を吊る。登梁式の小屋組を用いる。令和3年登録の登録有形文化財である。
揖保川下流左岸で周辺の村々を束ねる大庄屋を務めた八木家の主屋。木造平屋建入母屋造で南面し、西北に二階建の奥座敷を付す。内部は東に土間、西に三列九室を配する大型農家住宅で、令和3年に登録有形文化財となった。
大庄屋八木家の敷地北辺に南面して建つ土蔵造二階建。西を入母屋造の座敷、東を切妻造の蔵とし、本瓦葺で一体にまとめる。座敷は藩吏接待用の書院座敷で、背面は旧水路に臨む。令和3年登録の登録有形文化財である。
大庄屋八木家が年貢米を収めた米蔵。蔵座敷の東に接続し、旧水路沿いに南西を向く土蔵造二階建で、切妻造本瓦葺とし正面に下屋を付す。俵を舟で積み下ろす水際の配置をよく残す。令和3年登録の登録有形文化財である。
敷地南辺の中央に南面して建つ大庄屋八木家の長屋門。木造平屋建入母屋造本瓦葺で潜戸を開き、東へ脇塀を延ばす。格式ある表構えの内側に、西の旧勘定場と東の旧牛舎を収める。令和3年登録の登録有形文化財である。
兵庫県豊岡市城崎町湯島、湯の里通りに面する旧大和屋旅館。昭和2年(1927年)に建てられた木造三階建の旅館建築で、北但大震災後の復興期を象徴する温泉街の景観を今に伝える、平成29年登録の国登録有形文化財です。
神戸・須磨海浜公園に立つ旧和田岬灯台は、明治17年(1884年)に建造された現存する日本最古の鉄造灯台。「須磨の赤灯台」の愛称で親しまれ、国登録有形文化財として、日本の近代化と開港の歴史を今に伝えています。
JR播但線生野駅の東口前に堂々と佇む日下旅館は、明治43年(1910年)創建、大正10年(1921年)に三階部分が増築された木造二階建一部三階建の旅館建築です。当時、姫路から城崎までの間に二棟しかなかったといわれる希少な木造三階建で、平成16年(2004年)に国の登録有形文化財に登録されました。鶴や雲を象った下地窓、数寄屋風の座敷など、近代和風旅館の造形を伝える一棟が、銀の鉱山町・口銀谷の歴史的景観を象徴しています。