全国の登録有形文化財
全国の登録有形文化財を一覧で検索できます。都道府県、時代、カテゴリーで絞り込み、詳しい解説を読み、地図や旅行のヒントで訪問計画を立てましょう。
大道旧山本家住宅蔵は太子町山田の旧家の主屋東方に建つ昭和27年の2階建土蔵。切妻造・桟瓦葺の平入で、腰を板張りとし、上部の漆喰壁に持送付きの大きな水切瓦を廻す。かつては米蔵2棟と広場を囲んでいた。平成15年登録。
大道旧山本家住宅主屋は太子町山田の竹内街道に面した江戸末期の民家。茅葺の切妻屋根の両側を本瓦葺とした大和棟で、平成16年の公開前に建て起こしや差鴨居の取り替え、差し茅による修理を受けた。平成14年登録。
大道旧山本家住宅離れは太子町山田の旧家の主屋前方に建つ大正元年の座敷棟。入母屋造・四周庇付の桟瓦葺で、8畳の座敷に床・棚・付書院を備えた小規模ながら丁寧な書院造。渡り廊下で主屋と結ばれる。平成14年登録。
鯛よし百番は大阪市西成区山王の旧飛田新地の角地に建つ大正時代中期の木造2階建の料亭建築で、登録有形文化財。隅切りの玄関に唐破風を付け、内部は日光東照宮の陽明門を模すなど、部屋ごとに趣向を凝らしている。
高橋家住宅は大阪府箕面市箕面の箕面川に面して建つ大正8年(1919年)の木造2階建の洋館で、登録有形文化財。出窓など張り出しの多い外観に急勾配の屋根と縦長の窓をもち、大正期の大邸宅の接客用洋館の好例とされる。
建水分神社摂社南木神社築地塀は昭和13年築、総延長41メートルの鉄筋コンクリート造の塀で、南木神社本殿の両脇と背後を囲う。漆喰の面に基壇や柱、頭繋ぎをあらわし、斜面を登る屋根には継ぎ目を垂直にそろえる特別な瓦を用いた。
建水分神社摂社南木神社拝殿及び幣殿は、室戸台風後の再建で昭和15年に建った社殿。向拝の中央1間だけを一段高くした向唐破風と、背面両端の小室の間に唐破風屋根の幣殿をつなぐ特異な平面を、文化庁の解説と村の資料から読み解く。
楠木正成をまつる建水分神社摂社南木神社本殿は、昭和9年の室戸台風で倒れた旧社殿に代わって昭和13年に建った一間社春日造の社殿。台湾檜の白木の肌、縁の両端まで届く幅広の木階と浜縁、大棟に掲げた菊水紋、見学の条件を紹介する。
建水分神社宝庫は大正9年ごろ、楠木正成ゆかりの品を展示するため氏子や一般の募金で建てられた土蔵造の建物。両側面に4つずつ並ぶ大きな採光窓や背中合わせの陳列棚など、展示施設としての工夫と見学の条件を紹介する。
竹本家住宅主屋は大阪府貝塚市西町に残る江戸時代末期の住宅で、平成15年に登録有形文化財となった。間口7間の正面に出格子と与力窓を並べ、東面の太い無双窓は願泉寺を望む。商家ではなく武家か寺役人の家とみられる。
竹本家住宅西主屋は大阪府貝塚市北町に建つ昭和7年頃の町家で、平成15年に登録有形文化財となった。黄楊櫛をつくった竹本家の住まいで、東側の通り土間と3室の伝統的な間取りに、塗り込めた高い正面と総2階を組み合わせる。
竹本家住宅東主屋は大阪府貝塚市北町に建つ江戸時代末期の小さな町家で、平成15年に登録有形文化財となった。桁行2間半、建築面積49平方メートル。地盤は西主屋より約60センチ高いが、屋根は西主屋より低く納まる。
泉大津市助松町の旧紀州街道に面する田中家住宅表門は明治10年(1877年)の再建。桁行10間の長い門で、門口の北に布団蔵、南に供部屋を置き、南端は入母屋造で街道側へ張り出す。外観のみ公道から見られる。
泉大津市助松町の田中家住宅勝手門及び納屋は大正初期の長屋門形式の建物。東端に間口1間の門口、西に土間・畳の間・板の間を備えた納屋が続き、本陣の表門とは別に家の者が使う日常の出入口を担った。屋敷は一般公開されていない。
泉大津市助松町の田中家住宅玄関及び座敷棟は安政2年(1855年)の建築。東向きの式台玄関と、10畳・8畳を矩の手につないだ座敷からなり、押板や付書院を備える。造形の規範として登録された。屋敷は一般公開されていない。
枚方市山之上の田中家住宅米蔵は明治前期の土蔵造平屋建。長屋門と離れの間に東西棟で建ち、切石積基礎に漆喰塗、垂木形を表した塗込めの軒、南面に与力窓を2か所備える。昭和40年(1965年)頃に改修を受けている。
枚方市山之上の田中家住宅主屋は明治20年(1887年)築の地主宅。南面する入母屋造本瓦葺で、正面を軒まで塗り込めて虫籠窓を開け、西半の土間に重厚な梁組を見せる。平成30年(2018年)に登録有形文化財に登録。
泉大津市助松町の田中家住宅主屋は江戸時代中期の大型農家。桁行11間半・梁間7間の入母屋造本瓦葺で、府内屈指とされる広い土間をもつ。紀伊徳川家の小休本陣を務めた屋敷の中心に建ち、現在も住まいとして使われ一般公開はされていない。
松原市高見の里の田中家住宅主屋は明治5年(1872年)頃の農家。入母屋造桟瓦葺のつし二階で、東の土間が桁行5間半分を占め、西は整形四間取り。仏間の前に勘定場を置く。造形の規範として登録。現在も住まいで見学不可。
松原市南新町の田中家住宅主屋は庄屋層の大型農家。市は普請文書から宝永6年(1709年)築とし、文化庁は天保年間頃とする。天保年間に茅葺から瓦葺・つし二階に改造され、2007年に移築された。現在も住まいで見学不可。