全国の登録有形文化財
全国の登録有形文化財を一覧で検索できます。都道府県、時代、カテゴリーで絞り込み、詳しい解説を読み、地図や旅行のヒントで訪問計画を立てましょう。
行善寺本堂は長野県信濃町古間の北国街道古間宿にある文政13年(1830年)の浄土真宗の本堂で、登録有形文化財。七間四方の入母屋造で三間の向拝を付け、斜めの出梁で化粧軒を受ける。内部は真宗の通例の平面で、宿場町に近世の寺院の姿を伝える。
金鵄会館(長野県長野高等学校旧南校舎)は長野市上松にある昭和14年(1939年)の木造2階建の校舎で、登録有形文化財。正面の中央にタイル張りの面と宝形屋根の塔屋を立ち上げ、車寄を突き出す。横長の窓と塔屋の造形に時代の特徴が表れる。
久米路橋は長野県長野市の信州新町水内と信更町吉原の間にある昭和8年(1933年)の鉄筋コンクリート造単アーチ橋で、登録有形文化財。橋長46メートル、アーチリブに鉄平石を貼る丁寧なつくりで、久米路峡の景観をつくる。
荒神堂は長野県長野市松代町松代にある江戸時代後期の木造平屋建の堂で、登録有形文化財。入母屋造・桟瓦葺の妻入に向拝を付け、出組の組物や蟇股、高欄付きの縁をめぐらし、正面の妻飾りと向拝の意匠を重んじた外観をもつ。
光林寺経蔵は長野市篠ノ井小松原の光林寺境内南寄りに北面して建つ土蔵造の経蔵で、慶応元年(1865年)の建築。2019年に登録有形文化財となった。軒先まで塗り込めた漆喰、花頭枠の入口と窓、内部の八角輪蔵を紹介する。
光林寺山門は長野市篠ノ井小松原の光林寺の入口に立つ一間薬医門で、文政9年(1826年)の再建。2019年に登録有形文化財となった。冠木の上で四頭の龍が絡み合う彫刻、側面と背面の虹梁の絵様、左右の袖塀を紹介する。
光林寺鐘楼は長野市篠ノ井小松原の光林寺境内北東隅、石垣上の基壇に建つ吹放しの鐘楼で、天保元年(1830年)の建築。2019年に登録有形文化財となった。禅宗様の詰組、龍や松と鷹の彫刻、善光寺地震後の修繕を紹介する。
光林寺本堂は長野市篠ノ井小松原の浄土宗寺院の本堂で、寛政12年(1800年)の建築。2025年に登録有形文化財となった。茅葺形銅板葺の寄棟屋根、角柱と円柱を使い分けた架構、向拝の鳳凰や笈形付大瓶束の彫刻を紹介する。
小坂家住宅裏倉庫は長野市村山の小坂家の屋敷北辺、主屋の土間の後方に建つ明治後期の2階建土蔵。切妻造置屋根の桟瓦葺で、漆喰壁に鉢巻を廻らし腰を簓子下見板とする。裏門・農機具庫と並び屋敷の背面を形づくる。
小坂家住宅裏門は長野市村山の小坂家の屋敷北辺、農機具庫と裏倉庫の間に建つ明治後期の一間腕木門。垂木を使わず化粧裏板張の上に桟瓦を葺き、西側を竪板張の袖塀でふさぐ。間口3.6m、往時の暮らしぶりを伝える門。
小坂家住宅米蔵は長野市村山の小坂家の屋敷南西隅に建つ安政2年(1855年)の土蔵。切妻造桟瓦葺の置屋根を載せ、中塗の外壁に鉢巻と戸口・窓廻りを漆喰で縁取る。旧家の屋敷構えを引き立てる幕末の大型の土蔵である。
小坂家住宅主屋は長野市村山にある江戸末期の農家主屋。寄棟造茅葺の棟に越屋根を載せ、東寄りの土間と三列構成の床上部、上手に前後2室の座敷を持つ。建築面積226㎡の北信の大型民家で、令和元年(2019年)登録。
小坂家住宅土塀は長野市村山の小坂家の屋敷の西辺と北辺を囲む明治後期の土塀。南西隅の米蔵から北辺の裏倉庫まで延長58mを矩折れに廻り、西面は大壁に簓子下見板、北面は真壁とする。令和元年(2019年)登録。
小坂家住宅長屋門は長野市村山の小坂家の屋敷東辺中央に構える明治前期の長屋門。木造2階建127㎡、真壁に簓子下見板の腰を廻らし、門口は成の高い冠木に二重梁を架ける。南端に味噌蔵が接続し重厚な表構えをつくる。
小坂家住宅農機具庫は長野市村山の小坂家の屋敷北東隅に建つ明治後期の土蔵。屋敷で唯一外壁を軒裏まで塗り込め、鬼門除けのためか北・東面に窓を設けず北東隅を隅切とする。令和元年(2019年)に国の登録有形文化財となった。
小坂家住宅味噌蔵は長野市村山の小坂家の屋敷南東隅に建つ明治前期の2階建土蔵。北面の物置が長屋門の南端に接続し、一続きの重厚な表構えをつくる。中塗の壁に簓子下見板の腰を廻らし、2階の三方には小窓を穿つ。
長野県東御市和の児玉家住宅馬屋は昭和初期に建てられた木造平屋建である。蚕室の東妻面に張り出した間口二間の下屋部分で、十二件のうち唯一の昭和の建物にあたり、乗馬用の馬屋として使われた。平成12年に登録有形文化財となった。
長野県東御市和の児玉家住宅表門は明治34年頃に建てられた木造の門である。三間の四脚門で両脇の間に潜戸を設け、扉の鏡板にはケヤキの一枚板を用い、石垣や土蔵とともに城郭風の構えをつくる。平成12年に登録有形文化財となった。
長野県東御市和の児玉家住宅北塀は明治43年頃に築かれた真壁造の土塀である。西塀の北妻面から始まり、六間進んだ地点で東に折れて蚕室の裏口に取り付き、屋敷の西北辺を限る。平成12年に登録有形文化財となった。
長野県東御市和の児玉家住宅蚕室は明治43年頃に建てられた総二階建である。桁行九間の二階に三間四方の蚕室を三室並べ、南面には桑を運び入れる刎ね出しのベランダを設ける。平成12年に登録有形文化財となった。