全国の登録有形文化財
全国の登録有形文化財を一覧で検索できます。都道府県、時代、カテゴリーで絞り込み、詳しい解説を読み、地図や旅行のヒントで訪問計画を立てましょう。
安曇野市堀金の日輪舎は、直径約13メートルの円形平面に円錐形屋根をかけた木造総二階建。茨城県内原の日輪兵舎に倣い、農学校の宿泊学習所として昭和20年5月に竣工した。平成21年に登録有形文化財となった。
長野聖救主教会は、長野市西長野にある明治31年(1898年)の煉瓦造平屋建の教会堂で、平成18年(2006年)に登録有形文化財となった。尖頭アーチの入口とバラ窓、控え壁をもつ西洋中世風の小会堂の好例である。
長野銘醸粕蔵は千曲市八幡の酒蔵の北に建つ江戸末期の土蔵造平屋建で、今も酒粕を熟成させている。もとは南北2棟の蔵を明治中期に一体化したと考えられ、中塗の壁と西面の下見板を持ち、北の西納屋と一続きになる。
長野銘醸米蔵は千曲市八幡の酒蔵の西に建つ江戸末期の土蔵造平屋建。玄米と精米後の白米を貯え、明治中期には南の水車小屋で精米していたと考えられる。今は床がないが大引の痕跡が残り、酒造工程の一端を今に示す。
長野銘醸酒蔵は千曲市八幡の酒蔵の中央に建つ江戸末期の土蔵造2階建で、建築面積529平方メートル。1階の北半で洗米と搾り、南半で仕込みを行い、2階は麹室と酒母室で松尾社を祀る。日本遺産の構成文化財でもある。
長野銘醸事務所は千曲市八幡の酒蔵の東寄りに南面して建つ大正5年(1916年)の木造2階建。正面に起りのある切妻破風の式台を構え、2階は鼠漆喰の壁と筬欄間、欅の一枚板の床で飾る。1階は今も直営店である。
長野銘醸貯蔵蔵は千曲市八幡の酒蔵の東に建つ江戸末期の土蔵造平屋建。登梁の小屋組で平屋ながら建ちの高い空間をつくり、外観は2層に見える。たたきの土間に清酒の貯蔵タンクを並べ、作業庭に面して建つ土蔵である。
長野銘醸長屋門は千曲市八幡の酒蔵の北辺東寄りに建つ江戸末期の土蔵造2階建の長屋門。西半を門、東半を門番が詰めた居室とし、正面を漆喰塗、腰を下見板張とする。東土蔵と並んで旧街道の景観を保ち、道から見られる。
長野銘醸西土蔵は千曲市八幡の酒蔵の北辺に建つ江戸末期の土蔵造2階建。旧主屋の座敷が隣にあった頃から家財を納め、屋敷の変遷を今も残す。漆喰の水切と軒蛇腹、通り側だけに張った簓子下見板を北側の道から見られる。
長野銘醸西納屋は千曲市八幡の酒蔵の中央に建つ江戸末期の土蔵造平屋建。長屋門をくぐると正面に見え、かつて店舗に使われたという。中塗仕上げの壁と床板張の内部を持ち、南に続く粕蔵と一続きの酒造場の景観をつくる。
長野銘醸東土蔵は千曲市八幡の酒蔵の北辺、長屋門の西隣に建つ江戸末期の土蔵造平屋建。5.5メートル四方の小さな蔵で、酒造用の木桶を直す大工小屋だったとされる。街道側に向けた入母屋の屋根を道から見られる。
長野銘醸東納屋は千曲市八幡の酒蔵の東辺に建つ明治40年(1907年)の土蔵造2階建。北半は味噌部屋、南半は隠居部屋や女中部屋だったという。敷地の他の棟と異なる洋小屋の屋根と、西面の吹放しの下屋を持つ。
長野銘醸文庫蔵は千曲市八幡の酒蔵の北西、庭に面して建つ明治前期の土蔵造2階建の家財蔵。黒漆喰の外壁に水切と鉢巻を廻らし、掛子塗の観音開の扉や窓庇の持送りに高い左官技術を見せる。見学は構内に入って行う。
長野銘醸南蔵は千曲市八幡の酒蔵の南東に建つ大正10年(1921年)の土蔵造2階建。煉瓦造の煙突を囲む矩折の平面に置屋根を載せ、丸太の和小屋と登梁で大空間を架ける。当初は瓶詰の工程を担った近代の酒蔵である。
中房温泉板倉は安曇野市の中房温泉に建つ江戸末期の木造平屋の倉。切石基礎に土台をまわし、角柱の間に横板を落とし込んで壁とする。桁行6.1メートル、梁間4.6メートルで、内部は2室。素朴な山の倉として登録された。
中房温泉温泉大プールは安曇野市の中房温泉にある大正12年(1923年)の石造の屋外温泉プール。有明花崗岩の切石を4段に積み、幅8.7メートル、長さ17メートル。近代的な温泉場の先駆けとして登録有形文化財となった。
中房温泉旧湯会所は安曇野市の中房温泉に建つ明治期の木造2階建。6.4メートル四方の平面に切妻屋根を架け、棟を境に南を石置板葺、北を鉄板葺とする。木立を背にした石置屋根の外観が評価され登録有形文化財となった。
中房温泉田村薬師堂は安曇野市の中房温泉に建つ嘉永元年(1848年)の宝形造の小堂。坂上田村麻呂が傷ついた兵を湯で癒したという開湯伝説にまつわり、円柱が直接桁を受ける簡素な造りで、1975年に改修された。
中房温泉土蔵は安曇野市の中房温泉に建つ嘉永7年(1854年)の木造2階建の倉で、明治期に移築された。角柱に横板を建て込んだ板蔵の外壁に土を塗ったとみられ、山村に多い蔵の一例として登録有形文化財となった。
中房温泉本館菊は安曇野市の中房温泉に建つ明治中期の木造2階建の宿泊棟。南面を開き各階に縁と和室を並べ、西に浴場が付く。1912年にウェストンが泊まった宿とされ、近代の湯治場建築の好例として登録された。