全国の登録有形文化財
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長野県須坂市の田中本家博物館籾土蔵は、屋敷の南西角に建つ江戸末期の土蔵造平屋建。桁行約14m・2室の穀物蔵で、丁寧な漆喰壁と簓子下見板張りの腰、北面の吹放し下屋庇を持つ。角地の景観と見学の方法を紹介。
長野県須坂市の田中本家博物館門土蔵は、屋敷西辺の街路沿いで表門の南に接する江戸末期の土蔵造平屋建。桁行約10mの切妻造で、漆喰壁の腰に簓子下見板を張る。屋敷正面の景観における価値と見学の方法を紹介する。
長野県須坂市の田中本家博物館湯殿は、客殿東隣に明治28年(1895年)頃建てられた建築面積20㎡の入母屋造の浴室棟。浴室と四畳半の小座敷の2室構成で、木舞打ちの軒回りなど丁寧なつくりと見学方法を紹介する。
玉依比賣命神社拝殿は長野市松代町東条にある嘉永7年の拝殿。向拝付きの妻入の板の間、一段高い平入の主体部と中央の祝詞所、最奥の二畳と床が3段に上がる。複雑な屋根をもち、平成26年に登録有形文化財となった。
玉依比賣命神社本殿は長野市松代町東条の天王山麓に東面して建つ江戸後期の三間社流造。身舎は舟肘木、庇は出三斗と海老虹梁で組み、正面3間に板唐戸を吊る。装飾を抑えた端正な意匠で平成26年に登録有形文化財となった。
玉依比賣命神社宗形社拝殿及び本殿覆屋は長野市松代町東条の境内東方に南面する江戸中期の寄棟造茅葺の建物。前室を拝殿、格子の奥の上段を本殿の覆屋とし、近世の境内の様相を伝えるとして平成26年に登録有形文化財となった。
玉依比賣命神社宗形社本殿は長野市松代町東条の覆屋内に南面する元禄6年の一間社流造。建築面積0.5平方メートルの小社ながら三方の縁と脇障子、蟇股、虹梁大瓶束を備え、造形の規範として平成26年に登録有形文化財となった。
中央印刷社屋(旧片倉組事務所)は長野県岡谷市川岸にある明治43年(1910年)の木造2階建の社屋で、登録有形文化財。日本を代表する製糸業者の片倉組の本社屋として建てられ、人造石の柱型に煉瓦の壁面を組み合わせた外観と和洋を交えた内部をもつ。
長野市松代町東寺尾に建つ長明寺本堂は、明和4年(1767年)建立の浄土宗寺院本堂です。寄棟桟瓦葺で内陣廻りを組物や彫刻欄間で荘厳し、虹梁絵様や蟇股の意匠も優秀。江戸後期の当地域を代表する浄土宗本堂として、平成26年に経蔵・三門と共に国登録有形文化財に登録されました。
續麻・今井(兼平)神社神楽殿は嘉永6年(1853年)建築の吹き放ちの神楽殿。昭和22年(1947年)に旧續麻神社の境内から移され、茅葺から瓦葺に改められた。建築面積53平方メートル、天井を張らず小屋組を見せる。
續麻・今井(兼平)神社兼平社は今井四郎兼平をまつる天保4年(1833年)の一間社流造の本殿で、境内の登録4棟でただ一つ移築の記録がない。正面に重ねた唐破風と千鳥破風、二列に並ぶ手挟、龍の彫刻が見どころ。
續麻・今井(兼平)神社神明社は安永9年(1780年)建築と推定される一間社見世棚造の小社。建築面積1.5平方メートル、大正4年と昭和22年に移築され、いまは空殿で、内部に浅間社と推定される小さな宮殿を残す。
續麻・今井(兼平)神社續麻社は安政6年(1859年)の一間社流造の本殿。昭和22年(1947年)の合祀で旧續麻神社の境内から移築された。曲がりの強い海老虹梁、彫刻を施した手挟、青海波を入れた格子戸が見どころ。
長野市大門町の中澤時計本店は、市区改正による中央通り拡幅を受けて大正13年に建てられた木造二階建。鉄網コンクリート下地の洗出仕上げが石造に見せ、細部はセセッションの流れを汲む。今も時計店として営業する。
長野県須坂市の中野家住宅北土蔵は、安政4年建立の土蔵造二階建の蔵。一階は南、二階は蔵座敷側の東に出入口を設けて動線を分け、屋根は当地の伝統的な置屋根形式とする。平成28年に登録有形文化財に登録された。
長野県須坂市の中野家住宅蔵座敷は、下店に渡り廊下でつながる明治中期の木造三階建の居住棟。一階は仏間を兼ねた続き間座敷で床と付書院を備え、二階と三階を寝室などにあてる。平成28年に登録有形文化財となった。
長野県須坂市の中野家住宅下店は、明治中期の木造二階建の店蔵。正面を塗込めて土蔵造風とし、二階は黒漆喰塗に出桁と格子窓を構える。平成28年に登録有形文化財となり、現在は蔵のギャラリー綿幸サロンとして使われている。
長野県須坂市の中野家住宅南土蔵は、江戸後期の建立で、登録された中野家四棟のうち最も古い土蔵。東に両開の掛子塗の厚い土戸を吊り、和小屋を置屋根形式で架けて呉服の在庫を守ってきた。平成28年に登録有形文化財となった。
昭和8年竣工、長野県内でも初期の鉄筋コンクリート造学校建築。スクラッチタイル張りの外壁に緩やかな尖頭アーチと先の尖った柱型が並び、東京帝大安田講堂が手本と伝わる。平成15年登録、今も約900名が学ぶ現役の校舎。
体育館を兼ねた昭和9年の講堂。鉄筋コンクリートの壁体に山形の鉄骨トラスを載せ、桟瓦葺の切妻屋根を支える。南妻面には5連の尖頭アーチが並び、隣の管理普通教室棟と呼応する。平成15年登録、今も式典に使われている。