旭醤油醸造場 ― 明治の蔵に宿る醸造の記憶を訪ねて

愛媛県宇和島市吉田町の角地に静かに佇む旭醤油醸造場は、明治17年(1884年)に酒醸造場として建てられ、大正期に醤油醸造場へと転じた歴史ある建物です。平成14年(2002年)に国の登録有形文化財に登録されたこの建物は、単なる歴史遺産ではありません。創業明治15年(1882年)から4代にわたり受け継がれてきた醸造の技と心が、今もこの蔵の中で息づいています。

歴史 ― 酒蔵から醤油蔵へ

旭醤油醸造場を運営する旭合名会社は、明治15年に創業しました。現在の建物は明治17年に酒醸造場として建築され、大正期に醤油醸造場に転換されました。創建当時の建物がすべて現存し、現在も醤油醸造の施設として使用され続けているという点が、この文化財の大きな特徴です。

平成30年(2018年)7月の西日本豪雨では、吉田町全域が甚大な被害を受け、旭醤油醸造場も浸水と停電・長期断水に見舞われました。しかし、4代目の中川賢治・美保夫妻がクラウドファンディングなどを通じて復旧に取り組み、地域の味と文化財を守り抜きました。この出来事は、地域における醸造場の存在の大きさを改めて浮き彫りにしました。

なぜ登録有形文化財に指定されたのか

旭醤油醸造場は、平成14年2月14日に文化庁より国の登録有形文化財(建造物)に登録されました。その評価のポイントは以下の通りです。

  • 瘤出仕上(こぶだししあげ)の花崗岩を基礎に用い、切妻造平入の土蔵造りの躯体を立ち上げた堅牢な構造。
  • 正面に格子をはめた横長の窓と、鉄製持送り付きの瀟洒な小庇が、大正期の端正な意匠を今に伝えている。
  • 店舗部分には、昭和30年代まで醤油の量り売りに使われていたモザイクタイル貼りの流し台が残されている。
  • 町の中心部の角地に建ち、大正期の街路景観を現在に伝える貴重な存在である。

建築としての美しさに加え、140年以上にわたり醸造の場として使い続けられているという「生きた文化財」としての価値が、高く評価されています。

建築の見どころ

旭醤油醸造場の主屋は木造平屋建、切妻、桟瓦葺きで、花崗岩の礎石の上に建てられています。登録文化財である醸造場は土蔵造り、二階建のつしを備えた切妻、桟瓦葺きの建物です。厚い土壁は発酵に適した安定した温度環境を保つ役割を果たしています。

大正期に主屋の店舗部分が改築された際、正面1階・2階の横長窓には鉄の格子がはめられていましたが、1階部分は戦時中の金属供出により木製の格子に替わりました。建物間口いっぱいに設けられた大きな庇は、壁全体と腕木、母屋が漆喰塗りで仕上げられ、鉄製の持ち送り金物で支えられています。重厚な蔵造りでありながら全体を軽やかに見せる、この意匠の妙が旭醤油醸造場の魅力です。

内部に入ると、土間が広がり、かつては商品の陳列と客溜まりの空間でした。店の間と土間はカウンターで仕切られ、その前にはモザイクタイル貼りの流し台が今も残っています。量り売りが主流だった時代、お客様が容器を持参して醤油を購入していた光景がここに偲ばれます。

旭醤油の味わい ― 南予の甘みと旨み

愛媛県南予地方特有の甘さと旨みが特徴の旭醤油は、濃口、淡口、だし醤油、さしみ醤油、パクチー醤油など全6種類を展開しています。特にさしみ醤油は、宇和海で獲れる新鮮な魚介との相性が抜群です。

革新的な商品開発にも積極的で、地元産の柚子とすだちを贅沢に使った「ふりかけポンズ」は、2015年の全国ふりかけグランプリでソフト部門銅賞を受賞しました。日本初のふりかけタイプのポン酢として話題を集めた商品です。その他にも、ポン酢ジュレ、国産ブラッドオレンジを使ったブラッドオレンジポンズ、釣り好きの4代目が開発した沖漬けのたれなど、伝統をベースにした個性豊かなラインナップが揃っています。

吉田町 ― 伊達三万石の陣屋町

旭醤油醸造場が建つ吉田町は、かつて伊予吉田藩三万石の陣屋町として栄えた歴史ある町です。明暦3年(1657年)、宇和島藩十万石の伊達家から三万石が分知されて吉田藩が成立し、武家屋敷や豪壮な商家が立ち並ぶ城下町が形成されました。

現在、その面影は旭醤油醸造場周辺の街並みや、「吉田ふれあい国安の郷」で見ることができます。国安の郷では、江戸時代の商家や武家屋敷が移築・復元され、往時の吉田藩の暮らしを体感できます。毎年11月3日には、藩政時代の伝統を受け継ぐ吉田秋祭(愛媛県指定無形民俗文化財)が開催され、練車や牛鬼、鹿踊りなど南予独特の祭礼文化が繰り広げられます。

周辺の南予海岸部は真珠・ハマチの養殖、そして山頂近くまで続く段々畑の柑橘園で知られ、旭醤油の商品づくりを支える食材の宝庫でもあります。

訪問のご案内

旭醤油醸造場は、現役の醸造場兼店舗として営業しており、営業時間内であれば商品の購入と建物外観の見学が可能です。店内に一歩足を踏み入れると、醤油のふくよかな香りが漂い、それだけで特別な体験となります。

小さな家族経営の醸造場ですので、大規模な観光施設のような設備はありませんが、だからこそ味わえる温かいおもてなしと、日本の食文化に直接触れる親密な時間が待っています。作業場への立ち入りはご遠慮いただき、静かに見学をお楽しみください。

周辺のおすすめスポット

  • 吉田ふれあい国安の郷:江戸時代の吉田藩の建物を移築・復元した野外博物館。入場無料。醸造場から徒歩約5分。
  • 宇和島城:現存十二天守のひとつで、国の重要文化財。吉田町から南へ約9km、宇和島市中心部に位置します。
  • 天赦園:宇和島伊達家ゆかりの大名庭園。四季折々の風情が楽しめます。
  • 南楽園:四国最大級の日本庭園。約3万株25万本の花菖蒲が有名。吉田町から約16km。
  • 宇和島闘牛:牛と牛が力を競い合う、宇和島独自の伝統行事。年数回の定期大会が開催されます。

Q&A

Q旭醤油醸造場は一般の方でも見学できますか?
Aはい。営業時間内(月曜〜土曜、8:30〜17:00頃)であれば、店舗での商品購入と建物外観の見学が可能です。正式な見学ツアーはありませんが、店内のモザイクタイルの流し台など歴史的な内装も間近でご覧いただけます。現役の作業場ですので、マナーを守ってご見学ください。
Qアクセス方法を教えてください。
AJR予讃線の伊予吉田駅が最寄り駅で、全特急列車が停車します。松山駅から特急「宇和海」で約1時間10分です。伊予吉田駅から醸造場までは徒歩約10分です。お車の場合は、松山自動車道の宇和島朝日ICから国道56号を北上し約15分です。
Qおすすめのお土産はどれですか?
A全国ふりかけグランプリ銅賞受賞の「ふりかけポンズ」が一番人気です。コンパクトで持ち運びやすく、お土産に最適です。また、だし醤油やさしみ醤油は料理好きの方へのギフトとしても喜ばれます。
Q訪問に適した季節はありますか?
A一年を通じて訪問可能ですが、特に11月初旬は吉田秋祭が開催され、伝統的な練車や牛鬼が町を練り歩く華やかな光景を楽しめます。春は柑橘の花が咲く穏やかな季節で、散策にも最適です。

基本情報

名称 旭醤油醸造場(あさひしょうゆじょうぞうじょう)
文化財指定 国登録有形文化財(建造物)/平成14年(2002年)2月14日登録
建築年 明治17年(1884年)建築、大正期に店舗部分改築
創業 明治15年(1882年)
構造 土蔵造平屋建、瓦葺、建築面積113㎡
所有者 旭合名会社
所在地 〒799-3701 愛媛県宇和島市吉田町東小路甲112
電話 0895-52-0242
営業時間 月曜〜土曜 8:30〜17:00(日曜・祝日定休)
アクセス JR予讃線 伊予吉田駅より徒歩約10分(全特急停車駅)

参考文献

国登録 旭醤油醸造場 — 宇和島市ホームページ
https://www.city.uwajima.ehime.jp/site/sizen-bunka/12asahi.html
旭醤油醸造場 公式サイト
https://asahi-syouyu.com/
旭醤油醸造場 — 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/193699
旭醤油醸造場 — 愛媛県教育委員会
https://ehime-c.esnet.ed.jp/bunkazai/kennobunkazai/tourokubunkazai/touroku-kohyo/d80111177.htm
明治15年創業の醤油屋が豪雨災害で泥に — READYFOR クラウドファンディング
https://readyfor.jp/projects/asahi-syouyu
吉田ふれあい国安の郷 — うわじま観光ガイド
https://www.uwajima.org/spot/kuniyasunosato.html
吉田町 (愛媛県) — Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%89%E7%94%B0%E7%94%BA_(%E6%84%9B%E5%AA%9B%E7%9C%8C)

最終更新日: 2026.03.22