天赦園 — 伊達政宗の漢詩から生まれた大名庭園

愛媛県宇和島市の市街地に静かに佇む「天赦園(てんしゃえん)」は、宇和島藩第七代藩主・伊達宗紀(むねただ、号は春山)が幕末の慶応2年(1866年)に完成させた池泉廻遊式の大名庭園です。約11,240平方メートルの広大な敷地に、藤・竹・花菖蒲が四季ごとに彩りを添え、伊達家の家紋や系譜にちなんだ植栽が随所に配されています。国指定の名勝として、四国・愛媛が誇る江戸時代末期の貴重な庭園文化を今に伝えています。

派手さよりも、しみじみとした風趣を味わう庭園です。一歩園内に踏み入れると、宇和島の街中にいることを忘れてしまうほど、静謐な水と緑の世界が広がります。海外からの旅行者にとっても、混雑とは無縁の場所で日本庭園の真髄に触れられる貴重な一日となるはずです。

歴史的背景

天赦園が今ある場所は、もとは宇和島城の西側を囲む海でした。寛文12年(1672年)、宇和島藩二代藩主・伊達宗利がこの一帯を埋め立て、「浜御殿」と呼ばれる藩主の別邸として整備したのが始まりです。およそ200年にわたり、この浜御殿は歴代藩主の遊観の場として用いられてきました。

幕末の文久2年(1862年)、七代藩主・伊達宗紀は、浜御殿の南寄りの一角を自らの隠居所として再整備する工事を始めます。同年12月には潜淵館(せんえんかん)・明心楼・春雨亭・月見亭などの建物が完成し、宗紀はここに移り住んで「南御殿」と称しました。翌文久3年(1863年)には勘定奉行の采配のもと庭園の大改造が始まり、3年後の慶応2年(1866年)に完成。宗紀はこれを「天赦園」と名付けました。

「天赦園」という名は、宇和島藩初代藩主・伊達秀宗の父であり、仙台藩祖・伊達政宗が隠居後に詠んだとされる漢詩「酔余口号」の一節から採られています。「馬上に少年過ぎ、世は平にして白髪多し、残躯は天の赦す所、楽しまずして是を如何せん」— 戦乱を生き抜いた老雄が穏やかな余生を慈しむこの詩を、宗紀は深く愛したのでした。宗紀は明治22年(1889年)、この園とともに百歳の天寿を全うしたと伝えられており、まさに政宗の漢詩を体現した生涯となりました。

名勝に指定された理由

天赦園は昭和43年(1968年)5月20日に国の名勝に指定されました。文化財保護法に基づく名勝指定は、芸術上または鑑賞上の価値が高いと認められた場所に与えられるもので、天赦園にはいくつかの特筆すべき価値が認められています。

第一に、本園は四国地方に残る幕末期大名庭園のなかでも、保存状態がきわめて良好な事例として高く評価されています。作庭年代は比較的新しいものの、全体の意匠と細部の技法に見るべきものがあり、庭景の変化が豊富で池泉廻遊式庭園の特色をよく表現しているとされます。

第二に、鴨場跡などの実用的施設も残存しており、小規模ながら江戸末期における大名庭の形態を今に伝える貴重な事例となっている点です。当時の大名生活の一端を伝える庭園は近年ますます貴重となっています。

第三に、植栽計画の独自性です。伊達家家紋「竹に雀」にちなむ多種多様な竹の植栽、そして伊達氏が藤原氏の流れをくむことにちなんで集められた藤の名木群は、他の大名庭園にはほとんど見られない独特の風致を生み出しています。家系・家紋に深く根ざしたこの象徴的な植栽は、大名文化の精髄を凝縮した作庭思想の表現として、研究者からも高く評価されています。

見どころ

太鼓橋式の藤棚「上り藤」

天赦園を象徴する最大の見どころが、池上に橋のように架かる太鼓橋式の藤棚「上り藤」です。藤棚には白い花を咲かせる珍しい品種「白玉藤(しらたまふじ)」が植えられ、4月下旬になると長い花房が水面に向かって垂れ下がり、その下を歩きながら鯉の泳ぐ池を見下ろすことができます。建築的な造形と生きた花が一体となったこの景観は、全国の大名庭園のなかでも他に類を見ない天赦園独自のものです。

伊達家家紋にちなむ竹林

池の周囲には、大名竹・豊後竹・真竹・孟宗竹をはじめ、18〜19種類もの竹や笹が丁寧に配置されています。それぞれ葉の形や幹の色合い、風が吹いたときの葉擦れの音が異なり、伊達家の「竹に雀」の家紋を生きた風景として表現する仕掛けとなっています。歩を進めるにつれ、光や音が竹の種類によって変化していく様子を体感できます。

花菖蒲と四季の彩り

6月上旬には花菖蒲が見頃を迎え、明治期に岡山藩・熊本藩・佐賀藩の各藩邸、および旗本本郷家から集められた品種が咲きそろいます。この花菖蒲は九代藩主・伊達宗徳が特に愛した花として知られています。春には桜、晩春にはツツジ、秋には紅葉と、四季折々の表情を楽しめる構成となっています。

意味を込めた石組と回遊路

天赦園は石組の妙でも庭園研究者の注目を集めています。池の南東部には子孫繁栄を願う陰陽石、三尊石組、立石と平天石、枯滝石組などが要所に配されています。また回遊路沿いには「臥牛石」「起牛石」「虎吠石」といった、自然の造形がそれぞれの動物を思わせる名石が点在しています。汀線の石組には和泉砂岩の海石が多く用いられ、埋立地ならではの海辺の景趣を今に伝えています。

茶室「春雨亭」

春雨亭は、現在は失われた母屋「潜淵館」の附属建物として建てられた書院式茶亭で、七代藩主・宗紀が茶道や書道を嗜んだ場所です。大正11年(1922年)には、皇太子時代の昭和天皇が天赦園御成の際の御座所としてこの建物を使用されました。2019年には素材を活かした改修が行われ、現在は屋外から内部の景観を額縁庭園のように撮影できます。

来園情報

天赦園は公益財団法人宇和島伊達文化保存会が管理しており、一般に公開されています。開園時間は7月から3月までは8時30分から16時30分まで、花の見頃となる4月から6月までは8時30分から17時までです。休園日は12月第2月曜日から2月末までの期間中の月曜日(祝日の場合は翌火曜)と、年末年始(12月28日から1月1日)です。入園料は大人500円、高校生・65歳以上の方300円、中学生200円、小学生100円で、小学生未満は無料となっています。近隣の南楽園との共通券も販売されています。

JR宇和島駅からは徒歩約20分、または路線バスで「天赦園前」バス停下車すぐの便利な立地です。お車の場合は無料の駐車場が用意されています。園内をゆっくり散策する所要時間は45分から90分程度が目安で、季節や石組への関心の深さによって変わってきます。砂利敷きの園路と緩やかな坂道がありますので、歩きやすい靴でのご来園をお勧めします。4月から5月の主に日曜日には茶道裏千家淡交会宇和島支部の協力により呈茶会が開催されており、藩主が実際に茶を点てた茶室で抹茶を味わうことができます。

周辺の見どころ

天赦園は宇和島の歴史地区の中心に位置しており、一日かけて巡る旅程に最適です。北東には現存十二天守の一つ、宇和島城がそびえ、江戸時代初期の三層の天守閣が今も残されています。両者の間は徒歩約15分で、旧城下町の落ち着いた住宅街を歩きながら移動できます。

天赦園に隣接して、宇和島伊達家の十代にわたる甲冑・刀剣・漆器・書画・調度品などを所蔵する伊達博物館があります。博物館と庭園を併せて訪ねれば、天赦園を生んだ大名文化の世界が立体的に理解できます。少し東には宇和島の総鎮守である和霊神社があり、夏には勇壮な「うわじま牛鬼まつり」が催されます。海の幸を求める旅人には、地元名物のじゃこ天や、宇和島独特の二種類の食べ方がある「鯛めし」もぜひお試しいただきたい味覚です。

Q&A

Q天赦園を訪れるおすすめの季節はいつですか?
A最も華やかな時期は4月下旬で、白玉藤が太鼓橋式の藤棚を白く彩ります。続いて6月上旬には花菖蒲が見頃を迎え、色とりどりの風景が楽しめます。春の桜やツツジ、夏の緑陰、秋の紅葉も見事ですので、季節を選ばず訪れる価値のある庭園です。
Q園内をゆっくり見て回るのにどれくらい時間が必要ですか?
A通常はゆったりと45分から60分程度で池の周りを一周できます。石組や写真撮影をじっくり楽しまれる方は90分ほど見ておくとよいでしょう。隣接する伊達博物館や宇和島城と併せて、半日〜一日の見学コースとして組み立てやすい立地です。
Qなぜ園内には多種多様な竹が植えられているのですか?
A伊達家の家紋「竹に雀」にちなんで植栽されました。庭園を造った七代藩主・伊達宗紀は、家紋を景観のなかに表現するため、珍しい竹を含む18〜19種類もの竹を集めて植えたとされています。
Qバリアフリーで観覧できますか?
A主な園路は概ね平坦ですが、砂利敷きの部分や緩やかな坂があり、車椅子の方には一部通行が難しい箇所もあります。お車椅子等でご来園を予定されている方は、事前に天赦園受付(0895-22-0056)にお問い合わせいただくと安心です。
Q茶室で実際にお茶を体験できますか?
Aはい、4月から5月の主に日曜日には、茶道裏千家淡交会宇和島支部の協力による呈茶会が催されており、七代藩主が実際に茶を点てた風雅な空間で抹茶を味わうことができます。開催日は年により異なりますので、来園前に最新の情報をご確認ください。

基本情報

名称 天赦園(国指定名勝)
所在地 愛媛県宇和島市天赦公園
作庭者 宇和島藩七代藩主・伊達宗紀(春山)
築造 文久3年(1863年)着工、慶応2年(1866年)完成
形式 池泉廻遊式庭園(鬼ヶ城連峰を借景とする)
面積 約11,240平方メートル(約3分の1を池が占める)
指定 国指定名勝(昭和43年5月20日指定)
管理 公益財団法人宇和島伊達文化保存会
開園時間 8:30〜16:30(7月〜3月)/8:30〜17:00(4月〜6月)
休園日 12月第2月曜日〜2月末の期間中の月曜日(祝日の場合は翌火曜)/12月28日〜1月1日
入園料 大人500円/高校生・65歳以上300円/中学生200円/小学生100円(小学生未満無料)
アクセス JR宇和島駅から徒歩約20分/バス「天赦園前」下車すぐ

参考文献

天赦園 — 文化遺産オンライン(文化庁)
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/206473
国指定 天赦園 — 宇和島市ホームページ
https://www.city.uwajima.ehime.jp/site/sizen-bunka/141tennshaenn.html
名勝 天赦園 — 公益財団法人宇和島伊達文化保存会
http://wwwb.pikara.ne.jp/off-date/garden.html
天赦園 — うわじま観光ガイド
https://www.uwajima.org/spot/index2.html
天赦園 — Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/天赦園

最終更新日: 2026.04.30