八幡神社のイブキ — 宇和島の地に立つ、樹齢八〇〇年の生きる歴史

四国の南西、愛媛県宇和島市の閑静な街並みの一角に、八〇〇年の時を超えてそびえ立つ二本の巨樹があります。「八幡神社のイブキ」と呼ばれるこの二株は、伊吹八幡神社の拝殿前に左右一対となって枝を広げる、ヒノキ科の常緑針葉樹です。昭和一八年(一九四三)に国の天然記念物に指定されました。

この樹は、単なる古木ではありません。神社の名はこの樹に由来し、神社のある町の名「伊吹町」もまた、この樹に由来しています。そして地元の伝承によれば、これらの樹は、源義経の家臣・鈴木三郎重家が植えたものと伝えられています。日本人にとって馴染み深い悲劇の英雄ゆかりの神木として、訪れる人の心に深い余韻を残してくれる存在です。

「八幡神社のイブキ」とは

イブキ(伊吹)は、ヒノキ科の常緑高木で、別名をビャクシン(柏槙)、イブキビャクシン、シンパクとも呼ばれます。雌雄異株で、潮風に強く幹がよくねじれるのが特徴です。本州の太平洋側、四国、九州、沖縄、朝鮮半島、中国の沿岸地域に自然分布し、岩上や海風の吹き付ける場所にもたくましく根を張ります。

八幡神社のイブキ二本はいずれも雌株で、拝殿前に左右一対として立っています。宇和島市の調査によれば、向かって左側の株は幹周り約四・二メートル、右側の株は約四・八メートル。両者ともに樹高は約二〇メートルに達します。これまで度重なる台風の被害を受け、枝の一部は破損していますが、樹勢はそれほど衰えておらず、今も青々とした葉をつけ続けています。

なぜ国指定天然記念物になったのか

八幡神社のイブキは、昭和一八年(一九四三)二月一九日、国の天然記念物に指定されました。指定の理由は大きく三つあります。

第一に、その樹齢の古さです。樹齢八〇〇年を超えるとされる二本のイブキは、平安末から鎌倉初期にかけて植えられたと伝わります。江戸幕府の成立よりも、はるかに古い時代から立ち続けてきた、日本史の生き証人ともいえる存在です。

第二に、その規模の大きさです。イブキは通常、樹高一五〜二〇メートルほどに生長しますが、八幡神社のイブキは幹周りも樹高もイブキの巨樹として全国有数の規模を誇ります。愛媛県下には他に三カ所、国指定天然記念物のイブキがあり、全国でも国指定のイブキはわずか一二カ所と、ごく限られた選ばれた古樹のみが受ける栄誉です。

第三に、文化的・歴史的な意義です。この樹は神社の名そのものとなり、さらには周辺の町名にまでなりました。樹そのものが地域のアイデンティティとして根を張り、地名や信仰と一体になっている例は、全国の天然記念物のなかでも稀有です。

源義経と鈴木三郎重家の伝承

この二本のイブキにまつわる最も印象的な伝承は、源義経(一一五九〜一一八九)にまつわる物語です。社伝によると、文治元年(一一八五)に伊予守に任ぜられた義経が伊吹八幡神社の社殿を造営したとき、家臣の鈴木三郎重家に命じてこの二本を植えさせたといいます。

もしこの伝承が正確であるなら、樹齢は今や八四〇年に迫る計算になります。歴史的な裏付けは難しい部分もありますが、能、歌舞伎、そして数えきれぬ民間伝承によって日本人の心に刻まれてきた義経との結びつきが、この古樹に植物としての価値を超えた、ロマンと畏敬の念を加えています。

境内には、義経の幼少期の名場面を描いた「牛若丸と弁慶の五条の橋」の絵馬も伝わっており、宇和島市の指定文化財となっています。また、境内には「松に鷹」の絵馬も同様に市指定文化財として現存し、こちらも訪問の際にぜひ見ておきたい一品です。

魅力と見どころ

拝殿前に並び立つ双樹

鳥居をくぐり参道を進むと、まず目に飛び込んでくるのが、参道の左右に立つ巨大な二本の幹です。深く刻まれた樹皮、ねじれながら天に伸びる主幹、暗緑色の濃い葉が拝殿を覆うように広がる姿は、どこから見ても圧倒的です。樹皮にはコケや地衣類が点々とつき、八〇〇年の時の重みを物語ります。樹の真下に立ち、見上げると、訪れる人の表情が自然とおだやかになる、そんな空気がここには流れています。

神社の由緒と御祭神

社記によれば、伊吹八幡神社は和銅元年(七〇八)に九州の宇佐八幡宮から勧請され、和銅五年(七一二)八月一五日に創建されたと伝わります。御祭神は応神天皇、神功皇后、田心姫尊、湍津姫尊、市杵島姫尊(宗像三女神)。古来より板島郷総鎮守の氏神として崇敬され、宝永元年(一七〇四)には宇和郡総鎮守に定められました。安産、厄除け、事業成功、家内安全のご利益で親しまれています。

藤堂高虎・伊達秀宗ゆかりの社

江戸初期、宇和島城を築いた名将・藤堂高虎は慶長一二年(一六〇七)に社殿を再興し、自筆の墨書銘も伝わっています。さらに伊達秀宗(宇和島藩初代藩主)は神殿の屋根葺き替え、鳥居の建立を行い、太刀および薙刀を奉納しました。歴代の藩主の崇敬を受け、伊達家の祈願所としても重きを置かれた由緒ある神社です。

伊予神楽と秋祭り

境内に伝わる元文三年(一七三八)の神楽台本は、現在国の重要無形民俗文化財に指定されている「伊予神楽」の中心的伝承資料となっています。また毎年一〇月一六日に行われる例祭では、南予地方を代表する牛鬼、四ツ太鼓、神輿などが繰り出し、伝統的な秋祭りの賑わいに包まれます。社宝の「舞楽面」は愛媛県指定文化財です。

参拝・アクセス情報

伊吹八幡神社は宇和島市の北寄り、伊吹町に鎮座しています。境内は終日開放されており、参拝・拝観は無料です。神木のイブキは拝殿前から自由に見学できますが、ご神木としての敬意を表すため、また根への負担を避けるためにも、幹に直接触れたり、設置されたロープの内側に入ったりすることは控えましょう。

最寄りの駅はJR予讃線の北宇和島駅で、駅から徒歩約八分。JR宇和島駅からは須賀川沿いの道を歩いて約二〇分、または路線バスで約一〇分です。お車で訪れる場合は、神社の駐車場を利用できます。

常緑樹であるイブキは年間を通じて見応えがありますが、気候のよい春・秋が散策には最適です。旅程が合えば、一〇月一六日の例祭にあわせての訪問もおすすめ。古社ならではの神事と地元の活気ある秋祭りの両方を、同時に味わうことができます。

周辺の見どころ

伊吹八幡神社は、宇和島市内中心部の主要観光スポットと組み合わせて訪れるのに最適な立地です。

和霊神社は、伊吹八幡神社から須賀川沿いに徒歩一五〜二〇分。中四国一円で「和霊さま」として親しまれる、漁業を中心とした産業の神様の総本山です。日本最大級ともいわれる御影石の大鳥居は必見です。

宇和島城は、慶長六年(一六〇一)に藤堂高虎が築き、後に伊達家九代の居城となった名城。現存する一二天守の一つで、四国南西部のシンボルです。城山からは宇和海と街並みを一望できます。

天赦園は、宇和島藩の隠居した藩主のために造られた江戸期の池泉回遊式庭園。藤棚と季節の花々が美しい、静かな名所です。

宇和島ならではのグルメといえば、生の鯛の刺身を醤油卵だれで温かいご飯にかけていただく「宇和島鯛めし」。宇和島駅周辺の郷土料理店や、道の駅「みなとオアシスうわじま きさいや広場」で味わえます。きさいや広場では、じゃこ天や柑橘などの土産物も豊富に揃います。

Q&A

Q八幡神社のイブキの樹齢はどれくらいですか?
A推定で八〇〇年を超えるとされています。社伝によれば文治元年(一一八五)に源義経の家臣・鈴木三郎重家が植えたと伝わるので、それに従えば樹齢は今や八四〇年近くになります。
Qいつ国指定天然記念物に指定されたのですか?
A昭和一八年(一九四三)二月一九日に国の天然記念物に指定されました。
Q参拝に料金はかかりますか?
Aいいえ、伊吹八幡神社の境内は終日開放されており、参拝・神木の見学はいずれも無料です。
Q宇和島駅からのアクセスを教えてください。
AJR宇和島駅から須賀川沿いに徒歩約二〇分、または路線バスで約一〇分です。一駅隣のJR北宇和島駅からは徒歩約八分と、こちらが最寄りとなります。
Q訪れるのにおすすめの季節はありますか?
A常緑樹なので一年を通じて見応えがありますが、散策には気候のよい春と秋がおすすめです。とくに一〇月一六日の例祭は、牛鬼や四ツ太鼓が登場する地域の伝統行事を併せて楽しめる絶好のタイミングです。

基本情報

名称 八幡神社のイブキ(はちまんじんじゃのいぶき)
指定区分 国指定天然記念物
指定年月日 昭和一八年(一九四三)二月一九日
所在地 愛媛県宇和島市伊吹町
所有者 八幡神社(伊吹八幡神社)
樹種 イブキ(ヒノキ科、別名ビャクシン・シンパク)
本数 二本(いずれも雌株)
推定樹齢 八〇〇年以上
幹周 左株 約四・二m/右株 約四・八m
樹高 約二〇m
アクセス JR北宇和島駅から徒歩約八分/JR宇和島駅からバス約一〇分
拝観料 無料(境内は終日開放)

参考文献

宇和島市ホームページ「国指定 八幡神社のイブキ」
https://www.city.uwajima.ehime.jp/site/sizen-bunka/146ibuki.html
文化遺産オンライン「八幡神社のイブキ」
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/191862
うわじま観光ガイド
https://www.uwajima.org/
じゃらんnet「八幡神社のイブキ」
https://www.jalan.net/kankou/spt_38203ac2100125216/

最終更新日: 2026.04.26