隠居所という名の贅

越智家住宅数寄屋は、愛媛県西条市壬生川の越智家敷地南端に建つ昭和2年(1927年)の木造建築で、平成14年(2002年)2月14日に国の登録有形文化財となった。文化庁の国指定文化財等データベースは、員数1棟、木造平屋一部2階建、瓦葺、建築面積248平方メートルと記録する。

この面積に一度立ち止まりたい。用途は隠居所である。家業の一線を退いた当主が起居するための建物に、248平方メートルを割いている。同時期の一般的な住宅一軒分をゆうに超える規模で、接客用の座敷まで備えていた。屋号を枡屋とする越智家は、木蝋商から肥料・農薬商へと業態を移しながら周桑地域一帯に商圏を広げ、昭和初期には必要に迫られてではなく好みのままに家を建てられる立場にあった。

数寄屋という語は様式名にとどまらない。茶室から派生した建て方の思想を指す。塗らない木を木目で選ぶ。左右を揃えない。武家の書院が持つ格式ばった均衡をあえて外す。商家の当主が隠居所に数寄屋を選んだということは、どの美意識の系譜で自分を測ってほしいかを表明したということでもある。

「造形の規範」という登録基準

登録基準は「造形の規範となっているもの」。登録番号38-0021、第32回登録、告示は平成14年3月12日である。登録有形文化財に適用される基準は主に二つあり、もう一方の「国土の歴史的景観に寄与しているもの」は、同じ敷地の表側に建つ江戸末期の店舗及び居宅に適用されている。数寄屋に前者が当てられたということは、町並みへの寄与ではなく、造りそのものが手本になると評価されたということだ。

文化庁の解説は外観の記述が具体的である。切妻と入母屋が一棟の中に混在する。壁は柱を見せる真壁、板を段違いに重ねて簓子で押さえる簓子下見、そして立板張。屋根形式二種、壁の仕上げ三種を一棟に同居させれば、普通は統一を欠く。それが破綻せず「質の高い数寄屋を構成している」と評されるところに、この建物の技量がある。

なお登録有形文化財は重要文化財の指定とは別の制度である。平成8年(1996年)に始まり、外観変更時の届け出を求める代わりに、建物を使い続けることを認める。大きな古い家を維持する費用という、きわめて散文的な理由で失われていく建築を想定した仕組みだ。

記録に残る内部

内部は見学できないため、以下は文化庁の解説と、愛媛県の近代和風建築総合調査報告書に依拠した地域研究機関の記事による。登録が何を守っているのかを示す記述として読んでほしい。

銘木は目の行く要所に置かれる。天井は折上格子、あるいは網代。欄間の意匠は幾何学文で、格の高い屋敷が好む透かし彫りの山水や龍とは方向が違う。叙景ではなく抽象を選ぶ。数寄屋の作法である。

報告はさらに細かい。座敷の天井には笹杢の出た杉の赤目材。脱衣所の天井には煤竹と、なぐり仕上げの棹縁。居間には猫間障子。庭を眺めるためにガラス戸で囲った廊下を通し、雪見障子の下部から座ったまま庭が見えるようにしている。南面は採光のため開口を広く取る。どれも、住み手が長時間そこに座っていることを前提とした設計である。

地元では、この隠居所で句会や茶会が催され、「枡屋に招かれること」が地域の名士として認められた印だったと語り継がれてきた。普請を担った棟梁として吉田吉之助の名を挙げる資料もある。ただしこれは二次資料の記述であり、文化庁データベースには施工者の記載がない。

訪ねられるか、何が見られるか

越智家住宅の内部は原則非公開である。愛媛県公式観光サイトも同様に案内している。数寄屋は南北に細長い敷地の最も南、店舗及び居宅と茶室の奥にあたるため、外観すら道路からはほとんど見えない。ガラスの廊下や折上格子の天井を見たい向きは、公開されている写真に頼るほかない。

それでも現地に行く意味は残る。本河原通に面した表側には、同じ一族が数寄屋の約90年前に建てた江戸末期の商家が今も立っている。江戸の店構えと昭和の隠居所を同じ一族が同じ敷地に並べたという事実は、通りに立てば実感として伝わってくる。JR予讃線壬生川駅から南へ徒歩約10分、国道196号沿い。

同時代・同地域の和風建築の内部を見たい場合は、南西へ約1.1キロメートルの西条市立東予郷土館(入館無料、月曜休館)が手近である。県内で内部公開されている商家建築を求めるなら、南予の内子町並保存地区のように、同程度の意匠をもつ住宅を実際に歩ける場所もある。

Q&A

Q越智家住宅数寄屋はどのような建物ですか。
A愛媛県西条市壬生川の越智家敷地南端に建つ、昭和2年(1927年)建築の隠居所です。木造平屋一部2階建、瓦葺、建築面積248平方メートルで、平成14年(2002年)に登録有形文化財となりました。
Q越智家住宅数寄屋は見学できますか。
Aできません。個人所有で内部は原則非公開です。数寄屋は敷地の最奥に位置するため、外観も公道からはほとんど見えません。
Q越智家住宅数寄屋はなぜ登録有形文化財になったのですか。
A登録基準は「造形の規範となっているもの」で、登録番号は38-0021、登録年月日は平成14年2月14日です。文化庁は切妻と入母屋、真壁・簓子下見・立板張を破綻なくまとめた外観と、内部意匠の質を評価しています。
Q越智家住宅数寄屋の「数寄屋」とはどういう意味ですか。
A茶室から生まれた建築様式を指します。木を塗らずに木目で選び、左右非対称を許し、書院造の格式ばった均衡を避けるのが特徴です。隠居所にこの様式を選ぶこと自体が、当主の美意識の表明でした。
Q越智家住宅数寄屋は同じ敷地の他の建物とどういう関係にありますか。
A同一敷地の3棟が平成14年に同時登録されました。通りに面した江戸末期の店舗及び居宅(38-0020)、敷地中央の茶室「樟蔭」(38-0022)、そして最奥の数寄屋(38-0021)です。茶室と数寄屋はいずれも昭和2年の建築です。

基本情報

名称越智家住宅数寄屋(おちけじゅうたくすきや)
所在地愛媛県西条市壬生川32-1
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号 38-0021
指定年平成14年(2002年)2月14日登録/同年3月12日告示
員数1棟
寸法木造平屋一部2階建、瓦葺、建築面積248平方メートル
所有者個人(国のデータベースに所有者名の記載なし)
公開状況非公開。敷地最奥に位置し外観の視認も困難

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「越智家住宅数寄屋」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00004094
文化遺産オンライン「越智家住宅数寄屋」
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/116974
愛媛県「えひめの文化財(たから)」越智家住宅店舗及び居宅ほか2件
https://www.pref.ehime.jp/ehimenotakara/605.html
いよぎん地域経済研究センター「愛媛の登録有形文化財 越智家住宅(西条市)」
https://www.iyoirc.jp/post_industrial/20110701-2/
いよ観ネット(愛媛県公式観光サイト)「【西条市】越智家住宅」
https://www.iyokannet.jp/spot/4214

最終更新日: 2026.07.31