青木蘭麝堂新座敷とは

青木蘭麝堂新座敷は、福井県福井市脇三ケ町の青木蘭麝堂で主屋の北側に取り付く明治前期(1868〜1882年)の木造平屋建の座敷で、令和2年(2020年)に国の登録有形文化財に登録された。読みは「あおきらんじゃどうしんざしき」。東に広がる庭を眺めるために建てられた一室である。

青木蘭麝堂新座敷の建築面積は22平方メートルで、中は床の間を備えた六畳間がひと部屋あるだけの小さな建物である。屋根は金属板葺。昭和前期と昭和44年(1969年)に手が入っている。

青木蘭麝堂新座敷が登録された理由

青木蘭麝堂新座敷は、令和2年(2020年)4月3日に登録有形文化財となった。登録番号は18-0199で、青木蘭麝堂の3棟のうちこの棟だけが「造形の規範となっているもの」という基準で登録されている。酒蔵と離れが屋敷の景観への寄与で評価されたのに対し、新座敷は意匠そのものが評価された。

文化庁の解説は、面皮材や丸太を多く使い、全体を数寄屋風の意匠でまとめている点を挙げる。角を落とさず丸みと樹皮の跡を残した柱や、皮付きの丸太を見せる造りは、茶室の流れをくむ数寄屋の好みである。六畳の一室に、庭を楽しむための趣向が詰め込まれている。

青木蘭麝堂新座敷の見どころと年代の問題

青木蘭麝堂新座敷の外壁は白い漆喰塗を基本とし、一部を下見板張とする。主屋の北側から東の庭へ張り出す位置にあり、座敷に座ると庭が正面に来るよう考えられている。内部では、面皮柱や丸太の材が床の間まわりにどう使われているかに目を向けたい。

年代については資料の間に食い違いがある。文化庁のデータベースは明治前期とするが、福井市の国登録文化財一覧は「江戸後期、昭和前期・昭和44年改築」と記す。この記事は文化庁の年代に従っている。

同家の紹介には、主屋にある書院造の「新座敷」に、福井藩主の松平重富が鷹狩の折に立ち寄ったという言い伝えが載っている。4枚のギヤマン(板ガラス)をはめ込んだ小障子が残るともいう。重富は18世紀後半の藩主なので、この話は江戸後期の部屋を指していることになり、明治前期とされる数寄屋風の青木蘭麝堂新座敷と同じ部屋かどうかは、公的な資料では確かめられない。

青木蘭麝堂新座敷の見学

青木蘭麝堂新座敷は住まいの奥、主屋の北側にあって、東の庭に面している。座敷や庭の見学を受け付けているかどうか、料金の有無は公表されていないので、訪ねる前に青木蘭麝堂へ電話で問い合わせたい。撮影ができるかどうかもそのときに確かめておくとよい。屋敷への行き方は青木蘭麝堂のページにまとめてある。

Q&A

Q青木蘭麝堂新座敷はいつ建てられましたか?
A文化庁のデータベースでは明治前期(1868〜1882年)で、昭和前期と昭和44年(1969年)に改修されています。福井市の一覧は江戸後期としており、資料の間で食い違いがあります。
Q青木蘭麝堂新座敷はどんな部屋ですか?
A床の間付きの六畳間がひと部屋だけの木造平屋建で、東の庭を眺めるために主屋の北側に建てられました。
Q青木蘭麝堂新座敷はなぜ登録有形文化財なのですか?
A面皮材や丸太を多用した数寄屋風の意匠が評価され、令和2年(2020年)に「造形の規範となっているもの」として登録されました。
Q青木蘭麝堂新座敷に福井藩主が訪れたというのは本当ですか?
A同家は藩主松平重富が鷹狩の折に主屋の座敷へ立ち寄ったと伝えますが、明治前期とされる登録の新座敷と同じ部屋かどうかは確かめられていません。
Q青木蘭麝堂新座敷は見学できますか?
A見学の受け付けは公表されていません。事前に青木蘭麝堂へ電話で問い合わせてください。

基本情報

名称青木蘭麝堂新座敷
所在地福井県福井市脇三ケ町25字谷口19
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年令和2年(2020年)登録
員数1棟
寸法建築面積22㎡
所有者記載なし(文化庁データベース)
公開状況見学は要問い合わせ(店舗は午前8時〜午後6時営業)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)青木蘭麝堂新座敷
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00013244
文化遺産オンライン 青木蘭麝堂新座敷
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/445153
福井市 国登録文化財一覧
https://www.city.fukui.lg.jp/kankou/bunka/bunkazai/kunitourokubunkazai.html
青木蘭麝堂 公式サイト「青木蘭麝堂」(歴史・アクセス)
https://www.ranjyado.com/shop/

最終更新日: 2026.10.06