福岡県の登録有形文化財
福岡県 · 登録有形文化財
小烏神社天満宮は福岡市中央区警固の境内西隅に建つ昭和4年の小社。花崗岩の基壇に載る一間社流造銅板葺で、建築面積は3.42平方メートルと境内最小ながら造作は丁寧である。令和元年に国の登録有形文化財となった。
小烏神社拝殿及び渡殿は福岡市中央区警固に建つ昭和4年の社殿で、建築面積35.09平方メートルと境内最大。軸部を吹き放って四周に縁を廻し、向拝の蟇股を藤の彫刻で飾る。令和元年に国の登録有形文化財となった。
小烏神社奉献塔は福岡市中央区警固の拝殿脇に立つ昭和4年の石塔。高さ6.0メートルで、頂部に銅製の八咫烏を載せ、南面に奉献の文字の浮彫り、背面に寄進者名と日付を刻む。令和元年に国の登録有形文化財となった。
小烏神社本殿は福岡市中央区警固の境内後方の高台に建つ昭和4年の社殿。三間社流造銅板葺で建築面積19.67平方メートル、向拝廻りに浜床を広く取る。令和元年に国の登録有形文化財となり、瑞垣越しに見学できる。
小烏神社瑞垣は福岡市中央区警固の本殿を囲む昭和4年の木造透塀。一辺およそ30尺の方形に本殿を囲み、延長は33.11メートル。連子窓越しに本殿が透けて見えるのが特徴。令和元年に国の登録有形文化財となった。
篠山神社透塀は久留米城本丸跡で中門の左右から延びて本殿を囲む明治12年の塀。延長88メートル、東西13間・南北17間の規模と、江戸切の乱積み石積、襷桟と竪格子、出桁造・疎垂木の構成を解説し、見学の位置を紹介する。
篠山神社中門は久留米城本丸跡の本殿と拝殿の間に建つ明治12年の一間平唐門。冠木上の蟇股の左三つ巴、懸魚の六葉をかたどる竜胆車という有馬家の二つの家紋と、控柱の雲文を解説し、細部を見やすい位置を紹介する。
篠山神社拝殿は久留米城本丸跡に建つ明治12年の桁行5間・梁間3間の入母屋造平入の拝殿。正面桟唐戸と背面引分戸のほかは蔀を吊る開放的な構成、刎高欄付切目縁、折上げ格天井を解説し、参拝と昇殿の条件を紹介する。
篠山神社本殿は久留米城本丸跡に建つ明治12年の三間社入母屋造妻入の社殿。大屋根に三間の向拝を取り込む特異な構えと、出組・二軒繁垂木の深い軒、中備の蟇股を解説し、透塀越しに外観を見るポイントを紹介する。
福岡市中央区大名のジョーキュウ醤油裏座敷は、昭和39年(1964年)まで社長宅だった昭和前期の2階建の座敷。三方をめぐる廊下、付書院風に見せた平書院、台形の地袋と天袋など昭和らしい座敷飾の工夫を紹介する。
福岡市中央区大名のジョーキュウ醤油煙突は、大正4年(1915年)に高さ19メートルで築かれた煉瓦造の煙突。八角形の底部とイギリス積の躯体、2005年の地震で9.5メートルになった経緯と、造形の規範とされた理由を紹介。
福岡市中央区大名のジョーキュウ醤油表座敷は、醸造場の敷地の南西隅に建つ明治前期の2階建の接客座敷。1階南の8畳の主室の座敷飾、2階窓辺の高欄、西南戦争で官軍の宿舎になったとの伝えと見学の注意を紹介する。
福岡市中央区大名のジョーキュウ醤油米蔵は、明治4年(1871年)建築の2階建の小さな土蔵で、仕込蔵の西隣に建つ。南の中庭に向く銅板葺の庇、板張の内壁と登梁の小屋組、醸造道具を納める現在の役割と見学の注意を紹介。
福岡市中央区大名のジョーキュウ醤油仕込蔵は、創業7年後の文久2年(1862年)に建てられた大型の土蔵で、空襲も焼け残り、いまも木桶で醤油を仕込む。桶の上に張る床や高い軸部など仕込蔵の造りと、見学の注意を紹介。
福岡市中央区大名のジョーキュウ醤油若宮神社は、醤油屋の創業より60年あまり古い寛政4年(1792年)建立の小社。珍しい切妻造妻入の見世棚造、木鼻や蟇股の細部、脇に立つ樹齢300年以上とされる小賀玉の木を紹介する。
福岡県大川市小保の浄福寺山門は明治5年(1872年)頃の切妻造桟瓦葺の薬医門。柳川城辻御門を移したと伝わるが、古図と形式が異なり古材の転用と推定される。五平の本柱と板扉の金具が質実で、令和5年に登録有形文化財。
福岡市南区桧原の浄福寺鐘楼は、大阪天満の本泉寺から博多の堅粕へ、昭和50年に桧原へと移された江戸後期の吹放ち鐘楼。礎盤に立つ内転びの円柱や尾垂木付二手先の詰組、扇垂木を備え、平成23年に登録有形文化財。
福岡県大川市小保の浄福寺離れ座敷は大正5年(1916年)頃、客僧をもてなすため本堂背後に建てられた入母屋造桟瓦葺の座敷棟。床脇を廊下へ張り出して七畳間とした付書院の床構えが、旧吉原家住宅に似た地域色を示す。
福岡県大川市小保の浄福寺本堂は天保5年(1834年)再建の入母屋造本瓦葺の真宗本堂。向拝まわりと内外陣境の欄間の彫刻、外陣・矢来内・内陣・余間の間取りが再建時の姿を残し、令和5年に登録有形文化財となった。
福岡県筑前町森山の多田家住宅石塀は昭和8年(1933年)頃の石塀。表門から東西に折れ曲がりにのび、自然石の石垣に布石を伏せ、江戸切りの積石を表門脇で5段、通り沿いで3段に積む。総延長は約48メートル。