新長谷寺三重塔の概要

新長谷寺三重塔は、岐阜県関市長谷寺町の新長谷寺(しんちょうこくじ)境内に立つ室町時代中期の塔で、寛正4年(1463年)に建てられ、明治42年(1909年)4月5日に国の重要文化財に指定された。文化庁のデータベースは形式を「三間三重塔婆、檜皮葺」と記す。

「三間」は初重の各面が3、つまり柱が4本ずつ並ぶ構成を指し、「三重」は屋根が3段重なることを示す。3段の屋根はすべて檜皮葺である。仏塔は本来、釈迦の遺骨である仏舎利をまつるための建物で、日本の寺では伽藍の象徴として本堂と組み合わせて置かれることが多い。

文化庁データベースの地図で見ると、新長谷寺三重塔は本堂から南東へ約27メートル、東側に立つ薬師堂の南寄りに位置する。

新長谷寺三重塔の価値

新長谷寺三重塔の建立は、本堂の再建(長禄4年・1460年)からわずか3年後にあたる。建立年が特定された室町時代中期の本堂と塔が同じ境内にそろって残り、しかも明治42年(1909年)にそろって指定されたことは、この寺の再興期の姿を考えるうえで大きな意味をもつ。

檜皮葺の塔である点も見逃せない。檜の樹皮を何枚も重ねて葺く屋根は、瓦に比べて軒先を薄く軽く見せ、3段の屋根が重なっても塔全体の輪郭が重くなりにくい。境内の室町期の堂がいずれも檜皮葺であることと合わせて、新長谷寺の伽藍は屋根材の統一感でも見る者に強い印象を残す。

新長谷寺三重塔の見どころ

3段の屋根の縮み方

塔の下に立ったら、屋根の大きさが上へ行くほどどれだけ小さくなるかを追ってみたい。三重塔では上の重ほど平面を縮めて屋根を小さくするのが一般的で、この縮め方の度合いが塔の姿の印象を左右する。軒の出と軒下の組物の影が段ごとに重なり、見上げる角度によって陰影の見え方が変わる。

本堂と並べて見る

本堂の正面近くから東を向くと、新長谷寺三重塔と本堂の屋根を同じ視界に入れやすい。わずか3年違いで建った2棟の檜皮の質感を比べると、再興が一つの流れの中で進められたことが実感できる。

客殿の庭から望む塔

関市の案内は、客殿から三重塔を望む庭園の眺めを紹介している。文化庁データベースの地図では、客殿は塔の南西およそ90メートルにあたり、座敷から庭越しに塔を遠景として眺める構図になる。境内を歩いて見上げる塔とは別の、庭に取り込まれた塔の姿が見られる。

新長谷寺三重塔の見学方法

新長谷寺三重塔の外観は、境内を歩きながら四方から見られる。内部公開の案内は公表資料に見当たらないので、外から構造を読む見学が基本になる。

客殿からの眺めを楽しむには、客殿の予約(入館料300円)が必要である。総門より内側は撮影禁止なので、塔の姿は記憶かスケッチに残すことになる。境内への行き方と拝観の条件は新長谷寺のページにまとめてある。

Q&A

Q新長谷寺三重塔はいつ建てられましたか?
A文化庁のデータベースによると、新長谷寺三重塔は寛正4年(1463年)の建立で、時代は室町時代中期です。本堂の再建(1460年)の3年後にあたります。
Q新長谷寺三重塔はいつ重要文化財に指定されましたか?
A明治42年(1909年)4月5日です。同じ日に本堂も指定されており、境内の8棟のうち最も早い指定です。
Q新長谷寺三重塔の構造を教えてください。
A三間三重塔婆で、初重の各面が3間、屋根は3段とも檜皮葺です。
Q新長谷寺三重塔がきれいに見える場所はどこですか?
A境内では本堂の正面付近から東を向くと本堂と塔を一緒に見られます。関市は客殿から庭越しに三重塔を望む眺めを紹介しており、客殿は予約制で入館料は300円です。
Q新長谷寺三重塔の写真撮影はできますか?
Aできません。新長谷寺では総門より内側の境内での写真撮影が禁止されています。

基本情報

名称新長谷寺三重塔
所在地岐阜県関市長谷寺町1(新長谷寺境内)
指定区分重要文化財
指定年明治42年(1909年)
員数1基
寸法三間三重塔婆(初重各面3間、屋根3重)
所有者新長谷寺
公開状況外観は境内から見学可。内部公開の案内なし。境内は撮影禁止

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「新長谷寺三重塔」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/1046
岐阜県 文化伝承課「新長谷寺三重塔」
https://www.pref.gifu.lg.jp/page/351251.html
関市「新長谷寺〈しんちょうこくじ〉(吉田観音〈きったかんのん〉)」
https://www.city.seki.lg.jp/kanko/0000001511.html
関市「関市の重要文化財 一覧」
https://www.city.seki.lg.jp/kanko/0000006024.html

最終更新日: 2026.09.16