坑門とは

坑門は、隧道の出入口に築く構えの部分である。覆工の端部を納めるとともに、外から見える唯一の立面にあたるため、意匠が集まる位置になる。

構成要素が記録に列挙される。福井県の旧北陸線芦谷トンネルは明治27年の建築で、「覆工は側壁・待避所を含めて煉瓦造とするが、坑門は北陸土木会社が関わった他の隧道と同じく壁柱、笠石、帯石を有し全体を切石積みで築く重厚なつくりとする」と解説されている。壁柱は柱状に張り出した部分、帯石は水平に走る石の帯を指す。

同じ路線の葉原トンネルは明治29年の建築で、「坑門はほぼ左右対称の切石積で壁柱付、パラペットを左右に長く張出す堂々とした構え」と解説されている。湯尾トンネルは明治28年頃の建築で、「北側坑門は、左右にパラペットを長く張出し、四本の壁柱を付けた堂々とした構え」と記される。

覆工と坑門で材を変える例が多い。芦谷トンネルは覆工が煉瓦、坑門が切石である。逆に樫曲トンネルは明治26年の建築で、「覆工のみならず、坑門の笠石・帯石に至るまで煉瓦を用いて築いているのが特徴的」と解説されており、全体を煉瓦で通した点が特徴として挙げられている。

左右で形が違うこと

隧道には二つの坑門があり、両者が同じとは限らない。福井県の旧北陸線鮒ヶ谷トンネルは、「坑門は石造で、北坑門は頂部を山の斜面に合わせて傾斜させる丁寧なつくり」と解説されている。地形に合わせて片方だけ形を変えている。

同じ路線の伊良谷トンネルは明治28年頃の建築で、「覆工及び坑門は基本的に煉瓦積とし、要石、笠石、帯石等の要所に江戸切仕上げの切石を用いる。山裾を貫く立地を反映して、坑門の左右で形状に変化を付けるのが特徴的」と解説されている。

記事に書くときは、どちらの坑門の話かを明示したい。北坑門と南坑門で材も形も違う場合があり、写真一枚では隧道全体を代表できない。

参考文献

文化庁 文化財の紹介 登録有形文化財(建造物)
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/yukei_kenzobutsu/toroku_yukei.html
国指定文化財等データベース(文化庁)旧北陸線芦谷トンネル/坑門は壁柱、笠石、帯石を有し全体を切石積みとする
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00010959
国指定文化財等データベース(文化庁)旧北陸線葉原トンネル/坑門は切石積で壁柱付、パラペットを長く張出す
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00010952
国指定文化財等データベース(文化庁)旧北陸線湯尾トンネル/北側坑門は左右にパラペットを長く張出し四本の壁柱を付ける
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00010963
国指定文化財等データベース(文化庁)旧北陸線樫曲トンネル/坑門の笠石・帯石に至るまで煉瓦を用いる
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00010951
国指定文化財等データベース(文化庁)旧北陸線鮒ヶ谷トンネル/単線仕様の馬蹄形断面、アーチ部を煉瓦の長手積とする
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00010953
国指定文化財等データベース(文化庁)旧北陸線伊良谷トンネル/要石、笠石、帯石等の要所に江戸切仕上げの切石を用いる
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00010960

最終更新: 2026.08.31