待避所とは

待避所は、隧道の側壁に一定間隔で設ける小さな窪みである。線路が通る空間の外側に身を寄せられるようにしたもので、内部で作業する者が列車の通過をやり過ごすために設けられる。

配置の間隔が記録されることがある。福井県の旧北陸線曽路地谷トンネルは明治28年頃の建築で、「緩やかに湾曲する延長401メートルの隧道で、覆工側壁及び坑門を石造、覆工アーチ部を煉瓦造とし、内部には約40メートル間隔で待避所を配する」と解説されている。

覆工の材を述べる文脈に含めて書かれることも多い。同じ路線の第一観音寺トンネルは明治27年の建築で、「覆工アーチ部は煉瓦造とし、覆工側壁は待避所アーチ部を含めて石造とする」と解説されている。曲谷トンネルは明治28年頃の建築で、「待避所の煉瓦アーチを含め葉原・曽路地谷トンネルと同様の部材構成とする」と記される。

待避所そのものが小さなアーチを持つ構造であるため、覆工と同じように材が問われる。芦谷トンネルは明治27年の建築で、「覆工は側壁・待避所を含めて煉瓦造とする」と解説されている。

読み取れること

待避所の有無と間隔は、その隧道が人の出入りを前提としていたことを示す。愛知県の旧中央線玉野第三隧道と玉野第四隧道は、いずれも「内部に待避所を持つ」と記録されている。延長76メートルと75メートルという短い隧道にも設けられている。

記録が待避所のアーチ部の材まで書き分けているのは、覆工と待避所が別々に築かれる部分だからである。側壁と同じ材で通す場合と、待避所だけ材を変える場合がある。

現地では側壁を目で追うとよい。壁面が一定の間隔で奥へ窪み、その上に小さなアーチがかかっていれば待避所である。廃線跡が歩道や車道に転用されている場合、内部から観察できることがある。

参考文献

文化庁 文化財の紹介 登録有形文化財(建造物)
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/yukei_kenzobutsu/toroku_yukei.html
国指定文化財等データベース(文化庁)旧北陸線曽路地谷トンネル/内部に約40メートル間隔で待避所を配する
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00010954
国指定文化財等データベース(文化庁)旧北陸線第一観音寺トンネル/覆工側壁は待避所アーチ部を含めて石造
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00010956
国指定文化財等データベース(文化庁)旧北陸線曲谷トンネル/待避所の煉瓦アーチを含め同様の部材構成とする
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00010958
国指定文化財等データベース(文化庁)旧北陸線芦谷トンネル/坑門は壁柱、笠石、帯石を有し全体を切石積みとする
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00010959
国指定文化財等データベース(文化庁)旧中央線玉野第三隧道/官設鉄道の標準例に則った単線仕様の馬蹄形断面
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00011315

最終更新: 2026.08.31