まっすぐ抜ける75メートル

旧中央線玉野第四隧道は、愛知県春日井市玉野町にある明治期の煉瓦造鉄道トンネルで、明治33年(1900年)に築かれ、平成28年(2016年)に登録有形文化財(建造物)に登録された。

延長75メートル、幅員4.6メートル。愛岐トンネル群では「4号トンネル」と呼ばれ、3号にあたる旧中央線玉野第三隧道から約400メートル多治見寄りに位置する。直線状に掘られているため、坑口に立つと向こう側の明るみが一つの円になって見える。曲がった坑では起こらない見え方で、廃線跡を歩く人がまず足を止める場所になっている。

断面は単線仕様の馬蹄形断面。名古屋と多治見の間の鉄道は明治29年(1896年)11月に着工し、明治33年7月25日に開通した。高蔵寺と多治見の間の10キロあまりに14基の隧道が並び、うち13基が今も残っている。単線では戦後の輸送に耐えられず、複線電化の新線が別ルートに掘られて、旧線は昭和41年(1966年)に役目を終えた。

笠石が示す、坑門は建築だという考え方

旧中央線玉野第四隧道の登録理由として春日井市が挙げているのは、煉瓦造の隧道であること、そして煉瓦造の坑門の上部に笠石など石積の装飾を施していることである。登録基準は「再現することが容易でないもの」。

笠石は、壁や柱の頭に横に渡して置く石を指す。雨水を壁面から離して落とす実用の部材であるが、同時に、坑門という面に横一本の線を引いて上端を決める部材でもある。赤い煉瓦の面のなかで、そこだけ灰色の直線が走る。文化庁の解説は、坑門も煉瓦造で、笠石などの要所に切石を用いて装飾する、と記し、官設鉄道用隧道の好例と結んでいる。

石をどこに使うかは、当時の設計者が費用と見え方を天秤にかけて決めた部分である。全体を石で組めば強くも高くもなる。要所だけを石にすれば、費用を抑えたまま、正面から見たときの輪郭が締まる。旧中央線玉野第四隧道の坑門は後者を選んでいる。

長手積の壁と、退避のためのくぼみ

内部に入ると、側壁の煉瓦が長い面をそろえて水平に並んでいるのが分かる。長手積と呼ばれる積み方で、文化庁の解説も旧中央線玉野第四隧道の覆工について側壁を煉瓦の長手積とすると記している。目地の線が細かく水平に走るため、壁は実際より滑らかに見える。天井にかけては積み方が変わり、輪の形に組まれた煉瓦がアーチを受けている。

側壁には浅いくぼみが等間隔で穿たれている。待避所である。単線の隧道では列車が来たときに逃げる場所がここしかなく、保線の作業員はこの窪みに背を預けて通過を待った。人ひとりがようやく収まる寸法で、実際に立ってみると、その狭さが当時の作業のありようを伝える。

坑門の意匠はトンネルごとに違う。保存にあたる愛岐トンネル群保存再生委員会は、各坑門に同じデザインのものが一つとしてないと述べており、旧中央線玉野第四隧道の笠石も、隣の3号とは違う顔をつくるための選択だったことになる。同じ委員会は、廃線後およそ半世紀を人の手が入らないまま過ごしながら煉瓦の崩落がほとんど見られないことを、特筆すべき点として挙げている。

藪の下から掘り出された40年

旧中央線玉野第四隧道が忘れられていた時間は長い。廃線後、レールも枕木も撤去され、線路跡は茂った藪に埋もれた。所在を知る人は地元にもほとんどいなくなっていた。

きっかけは平成17年(2005年)、JR勝川駅の高架化工事だった。明治以来の赤煉瓦のプラットホーム土台が撤去されることになり、その煉瓦を町おこしに再利用しようという催しが開かれる。そこで地元の古老が、定光寺駅の近くに赤煉瓦のトンネルがあったはずだと語った。探索が始まり、藪をかき分けて坑門にたどり着くまでに数か月を要したという。

平成19年(2007年)に市民有志の調査が始まり、平成21年(2009年)8月に特定非営利活動法人愛岐トンネル群保存再生委員会が設立された。同年2月には、3号から6号にあたる4基が経済産業省の近代化産業遺産「続33」に認定されている。平成26年(2014年)6月には1万1千人を超える寄付によりナショナルトラストが成立し、愛知県側の敷地16万平方メートルが取得された。登録有形文化財としての登録は、その延長線上で平成28年(2016年)11月29日の官報告示により確定した。旧中央線玉野第三隧道と旧中央線笠石洞暗渠を含む3基が同時に登録され、春日井市では初めての登録文化財となった。

見学できる時期と歩き方

旧中央線玉野第四隧道を含む廃線跡は、通常は施錠されており立ち入ることができない。見学できるのは春と秋の特別公開の期間と、場内で催しが行われるときに限られる。主催は所有者である愛岐トンネル群保存再生委員会と春日井市観光コンベンション協会。令和8年(2026年)秋の公開は11月28日から12月6日までの9日間が告知されている。

直近の公開の要領では、入場料は1人100円の当日払い、小学生以下は無料、事前予約は不要だった。開場9時30分、閉門15時、最終入場14時、雨天中止。歩ける区間は3号から6号までの隧道と廃線跡およそ1.7キロメートルで、往復3.4キロメートル、所要はおよそ2時間である。4号にあたるこの隧道は、受付から歩き始めておよそ2つ目にくぐる坑になる。料金と時間は公開ごとに変わりうるので、事前に委員会の公式サイトで確かめてほしい。

路盤には当時の砕石が残っており、底のしっかりした靴が要る。主催者は懐中電灯の持参を呼びかけている。ペットは入場できない。撮影に関する制限は公表されておらず、来場者の写真は委員会のSNSでも共有されているが、現地の掲示と係員の案内に従うこと。

アクセスはJR中央本線の定光寺駅から。駅の下の小径を上流へ約300メートル、歩いて5分ほどで受付に着く。名古屋駅からは普通列車で30分あまり。公開期間中は一部の快速列車も停車する。定光寺駅は無人駅なので往復切符かICカードを用意しておくとよい。会場周辺にも駅前にも駐車場はない。

Q&A

Q旧中央線玉野第四隧道は見学できますか。公開時期と入場料は?
A通常は施錠されていて入れません。春と秋の特別公開のときだけ入場できます。直近の公開では入場料は1人100円(小学生以下無料)、予約不要、開場9時30分、閉門15時、最終入場14時でした。2026年秋の公開は11月28日から12月6日までの9日間が告知されています。
Q旧中央線玉野第四隧道はどこにありますか。3号トンネルからどのくらいですか?
A愛知県春日井市玉野町の旧中央線跡にあり、3号にあたる旧中央線玉野第三隧道から約400メートル多治見寄りです。最寄りはJR中央本線の定光寺駅で、駅の下の小径を上流へ約300メートル歩くと受付に着きます。
Q旧中央線玉野第四隧道の大きさと構造を教えてください。
A煉瓦造で、延長75メートル、幅員4.6メートルです。断面は単線仕様の馬蹄形。覆工の側壁は煉瓦の長手積とし、内部には作業員が退避するためのくぼみがあります。坑門も煉瓦造で、笠石などの要所に切石を用いています。
Q旧中央線玉野第四隧道はなぜ登録有形文化財になったのですか?
A登録基準は「再現することが容易でないもの」です。春日井市は、煉瓦造の隧道であること、煉瓦造の坑門の上部に笠石など石積の装飾を施していることを登録理由として挙げています。平成28年(2016年)11月29日の官報告示で登録されました。
Q旧中央線玉野第四隧道を歩くとき、何を持っていけばよいですか?
A底のしっかりした歩きやすい靴と懐中電灯です。路盤には当時の砕石が残っており、坑内は照明が限られます。往復3.4キロメートル、およそ2時間の行程になります。ペットは入場できず、駐車場もないため鉄道で来てください。

基本データ

名称旧中央線玉野第四隧道(きゅうちゅうおうせんたまのだいよんずいどう)
所在地愛知県春日井市玉野町字東谷1667-1他
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成28年(2016年)登録
員数1基
寸法延長75メートル、幅員4.6メートル
所有者特定非営利活動法人愛岐トンネル群保存再生委員会
公開状況春と秋の特別公開期間のみ入場可。通常は施錠され立入不可

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「旧中央線玉野第四隧道」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00011316
春日井市「登録有形文化財(建造物)の登録について」
https://www.city.kasugai.lg.jp/bunka/bunkazai/shinai/1004355.html
愛知県「登録有形文化財(建造物)の登録についてお知らせします」
https://www.pref.aichi.jp/soshiki/bunkazai/tourokubunnkazaikennzoubutu.html
愛岐トンネル群保存再生委員会「愛岐トンネル群について」
https://aigi-tunnel.org/about_tunnel.html
愛岐トンネル群保存再生委員会「近代化産業遺産と登録有形文化財」
https://aigi-tunnel.org/bunkazai-kinsan.html
愛岐トンネル群保存再生委員会「第36回春の特別公開 報告」(開催要領)
https://aigi-tunnel.org/News/2026/2026Haru-houkoku.html

最終更新日: 2026.08.31