築堤の下に隠された、水のための通路
旧中央線笠石洞暗渠は、愛知県春日井市木附町にある煉瓦造の暗渠で、明治33年(1900年)に築かれ、平成28年(2016年)に登録有形文化財(建造物)に登録された。
愛岐トンネル群として知られる旧中央線の廃線跡で、文化財に登録された3件のうち、隧道でないのはこの1件だけである。4号トンネルにあたる旧中央線玉野第四隧道から約300メートル多治見寄り、5号トンネルの春日井口の手前にあたる築堤の下に、その口が開いている。
山の斜面に鉄道を通すとき、谷筋は土を盛って埋める。埋めれば、それまで谷を流れていた沢の水が行き場を失う。水は盛土に染み込み、やがて路盤を崩す。だから築堤には必ず水を抜く仕掛けが要る。旧中央線笠石洞暗渠は、その仕掛けとして造られた。
読みについて一点補足しておく。文化庁の国指定文化財等データベースは、ふりがなを「きゅうちゅうおうせんかさいしほらあんきょ」とする。一方、所有者である愛岐トンネル群保存再生委員会は「かさいしぼらあんきょ」と表記している。本記事では一次資料である文化庁の表記に従った。
縦に9メートル、横に11メートルのL字
旧中央線笠石洞暗渠の断面は矩形、つまり四角い。トンネルのようなアーチではない。幅員は1.2メートルで、人が一人かがんで進める程度の寸法である。
構造は縦と横の二つの部分からなる。谷側から水を集めて落とす立坑が約9メートル、そこから庄内川に向けて水を送り出す横坑が約11メートル。文化庁が構造及び形式等の欄に記す「延長11m」は、この横坑の長さにあたる。上から落として横へ逃がす、単純だが確実な仕組みである。
春日井市が公表した登録理由は簡潔で、線路を盛土して築堤した際に沢水を通すために造られた煉瓦造の暗渠で、立坑を併せ持つ、と記す。登録基準は3つのうち「再現することが容易でないもの」が適用された。
もう一つ、この構造物の履歴に短い注記がある。文化庁のデータベースは年代を「明治33/昭和32改修」とする。昭和32年(1957年)に手を入れられているということは、廃線となる昭和41年(1966年)まで、この暗渠が現役の設備として点検され、必要な補修を受け続けていたということである。旧中央線笠石洞暗渠は装飾のない裏方の構造物だが、線路が生きているあいだ、放っておかれてはいなかった。
階段を4つ下りた先にある
廃線跡を歩いていても、旧中央線笠石洞暗渠は目に入らない。列車が走っていたころの路盤より、ずっと下にあるからである。たどり着くには、5号トンネルの春日井口の脇から谷側へ、4基の階段を順に下りることになる。
この階段は所有者の委員会が整備したもので、長らく下の2基は木製だった。秋の公開では数万人が歩くため傷みが早く、そのつど補修を繰り返していたという。令和8年(2026年)の2月から3月にかけて、下の2基が鉄製に架け替えられ、これで4基すべてが鋼製になった。委員会の報告によれば、いちばん下の階段を下りて前方へ50メートルほど進むと暗渠の入口に着く。
下りきったあたりを並行して走っているのが玉野古道である。多治見の町民有志が出資して開いた玉野街道が明治28年(1895年)に通じ、川沿いの平坦な道として人馬と荷車を通した。しかし翌明治29年(1896年)に中央線の敷設工事が始まると各所で寸断され、明治33年の鉄道開通とともに使われなくなった。有料道路としての寿命はわずか1年あまりだった。
つまりこの谷底では、鉄道に潰された道と、鉄道が谷水を処理するために造った旧中央線笠石洞暗渠が、数十メートルの範囲に同居している。上を歩いているだけでは気づかない層がここにある。
見学できる時期と、下りるときの注意
旧中央線笠石洞暗渠を含む廃線跡は、通常は施錠されており立ち入ることができない。見学できるのは、所有者である愛岐トンネル群保存再生委員会と春日井市観光コンベンション協会が主催する春と秋の特別公開の期間と、場内で催しが行われるときに限られる。令和8年(2026年)秋の公開は11月28日から12月6日までの9日間が告知されている。
直近の公開の要領では、入場料は1人100円の当日払い、小学生以下は無料、事前予約は不要だった。開場9時30分、閉門15時、最終入場14時、雨天中止。公開区間は3号から6号までの隧道と廃線跡およそ1.7キロメートルで、往復3.4キロメートル、所要はおよそ2時間である。暗渠まで下りる場合は、その分の時間を見ておきたい。料金と時間は公開ごとに変わりうるため、事前に委員会の公式サイトで確かめてほしい。
路盤には当時の砕石が残っており、底のしっかりした靴が要る。階段を4基下りて谷底へ向かう行程になるので、手すりを使える服装で来るとよい。主催者は懐中電灯の持参を呼びかけている。ペットは入場できない。撮影に関する制限は公表されておらず、来場者の写真は委員会のSNSでも共有されているが、現地の掲示と係員の案内に従うこと。
アクセスはJR中央本線の定光寺駅から。駅の下の小径を上流へ約300メートル、歩いて5分ほどで受付に着く。名古屋駅からは普通列車で30分あまり。公開期間中は一部の快速列車も停車する。定光寺駅は無人駅なので往復切符かICカードを用意しておくとよい。会場周辺にも駅前にも駐車場はない。
Q&A
- 旧中央線笠石洞暗渠は何のための構造物ですか?
- 鉄道の築堤で谷を埋めた際に、行き場を失った沢の水を通すための排水路です。谷側で水を落とす約9メートルの立坑と、庄内川へ水を送る約11メートルの横坑からなり、断面は矩形、幅員1.2メートルの煉瓦造です。
- 旧中央線笠石洞暗渠はどこにあり、どうやって見に行きますか?
- 愛知県春日井市木附町、4号トンネルから約300メートル多治見寄りの築堤の下にあります。5号トンネルの春日井口の脇から4基の階段を下り、最下段から約50メートル進むと入口に着きます。廃線跡に入れるのは春と秋の特別公開の期間だけです。
- 旧中央線笠石洞暗渠はいつ造られ、いつ登録されたのですか?
- 建設は明治33年(1900年)、中央線の名古屋と多治見の間が開通した年です。昭和32年(1957年)に改修されています。登録有形文化財としての登録は、平成28年(2016年)11月29日付の官報告示によるもので、玉野第三隧道・玉野第四隧道と同時に登録されました。
- 旧中央線笠石洞暗渠の読み方は「かさいしほら」と「かさいしぼら」のどちらですか?
- 文化庁の国指定文化財等データベースはふりがなを「かさいしほら」とし、所有者の愛岐トンネル群保存再生委員会は「かさいしぼら」と表記しています。表記が分かれているため、本記事では一次資料である文化庁の読みを採用しています。
- 旧中央線笠石洞暗渠の近くには何がありますか?
- 階段を下りた谷底には玉野古道が並行しています。明治28年(1895年)に開通した有料道路の玉野街道の跡で、翌年始まった中央線の工事によって寸断され、明治33年の鉄道開通とともに使われなくなりました。上の路盤に戻れば、4号にあたる旧中央線玉野第四隧道が約300メートル春日井寄りにあります。
基本データ
| 名称 | 旧中央線笠石洞暗渠(きゅうちゅうおうせんかさいしほらあんきょ) |
|---|---|
| 所在地 | 愛知県春日井市木附町字隠山ニ39-2 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 指定年 | 平成28年(2016年)登録 |
| 員数 | 1基 |
| 寸法 | 延長11メートル、幅員1.2メートル(立坑約9メートル) |
| 所有者 | 特定非営利活動法人愛岐トンネル群保存再生委員会 |
| 公開状況 | 春と秋の特別公開期間のみ入場可。通常は施錠され立入不可 |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース「旧中央線笠石洞暗渠」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00011317
- 春日井市「登録有形文化財(建造物)の登録について」
- https://www.city.kasugai.lg.jp/bunka/bunkazai/shinai/1004355.html
- 愛知県「登録有形文化財(建造物)の登録についてお知らせします」
- https://www.pref.aichi.jp/soshiki/bunkazai/tourokubunnkazaikennzoubutu.html
- 愛岐トンネル群保存再生委員会「マルシェテラス床板張替え等と、暗渠への階段の改修工事を実施しました」
- https://aigi-tunnel.org/News/2026/202603marche.html
- 愛岐トンネル群保存再生委員会「愛岐トンネル群について」(玉野古道の経緯)
- https://aigi-tunnel.org/about_tunnel.html
- 愛岐トンネル群保存再生委員会「第36回春の特別公開 報告」(開催要領)
- https://aigi-tunnel.org/News/2026/2026Haru-houkoku.html
最終更新日: 2026.08.31