郡山旧城下に建つ戦後の本堂
福泉坊本堂は、広島県安芸高田市吉田町吉田にある浄土真宗本願寺派寺院の仏堂で、昭和23年(1948年)に建てられ、平成26年(2014年)12月19日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。
建つ場所は、毛利氏の居城であった郡山城の旧城下、その境内の奥である。桁行19メートル、梁間21メートル。木造平屋建で、屋根は入母屋造の桟瓦葺、建築面積は404平方メートルにおよぶ。
この寸法には一度立ち止まりたい。桁行より梁間が長い、つまり間口より奥行が深い。日本の仏堂は横に広く奥行の浅いものが多いなかで、真宗寺院の本堂は逆の比率をとることが少なくない。多くの門徒が正面の内陣に向かって座る、その一点に平面が奉仕しているからである。
寺歴は建物よりはるかに古い。寺伝によれば、11世紀に奈良の地で天台宗寺院として創建され、応永年間に安芸国甲立郷へ移って福泉坊と改称、1532年に毛利元就の寄進を受けて寺基を吉田郷へ移し、このとき浄土真宗に転じたと伝えられる。山号は資料により竜頭山とも景光山とも記され、一定しない。
その後の歩みは追いやすい。毛利氏の移封に従って広島城下へ、さらに萩へと移り、寛永2年(1625年)、毛利輝元の死去を機に第四代空玄が吉田への帰住を許されて本堂を建立した。この堂は寛文2年(1662年)に焼失する。宝暦13年(1763年)に再建された堂が二世紀近く使われたのち、老朽化のため建て替えられたのが現在の本堂で、竣工は敗戦から三年目の昭和23年にあたる。
なぜ登録有形文化財なのか
日本の建造物保護には二つの系統がある。この違いを押さえておくと、福泉坊本堂の位置づけが見えやすい。
古いほうが指定制度である。国宝や重要文化財は歴史的・芸術的価値の高いものを国が選び出し、所有者には現状変更の許可制という厳しい規制がかかる。これに対し登録制度は平成8年(1996年)に創設された比較的新しい枠組みで、建築後50年を経過し、地域の景観や歴史を形づくってきた建造物を広く受け皿とする。手続は許可制ではなく届出制。大きな改変の前に届け出れば足り、日常の使用や部分的な改修は所有者の裁量に委ねられる。使われ続けている建物を、使われたまま守る。現役の門徒寺院である福泉坊は、この制度が想定した典型例といってよい。
福泉坊では本堂・庫裏・鐘楼・山門の4棟が、第79回登録として平成26年12月19日に一括して登録された。登録番号は34-0143から34-0146まで連番になっている。
注目したいのは登録基準の差である。4棟のうち本堂だけが「造形の規範となっているもの」を基準とし、庫裏・鐘楼・山門の3棟は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」を基準とする。前者は、周囲との調和ではなく、その建物の造形それ自体が範となる水準にあると評価されたことを意味する。控えめな表現だが、4棟のなかで本堂に一段高い評価が与えられていることは読み取れる。
その理由は大工にある。文化庁データベースの解説文は、この本堂を「当地で名工と謳われた西谷庄一の力量を示す」ものと記す。資材も職人も不足していた昭和23年に、これだけの仕事が成立したこと自体が特筆される。
見どころは内陣境の龍と斜栱
真宗本堂の内部は、阿弥陀如来を安置する内陣と、門徒が座る外陣に分かれる。両者の境には矢来を設け、天井を支える柱が床面に立つのが通例である。
福泉坊本堂の外陣は、その矢来と柱をともに省いている。仕切るものも遮るものもない、広闊な一室。後方に座っても正面が柱に隠れない。これは容易なことではなく、柱を抜いた分の荷重はすべて上部の梁が負う。堂内が細かい間割の集合ではなく一つの空間としてまとまって感じられるのは、この構造判断の結果である。
視線を内外陣境の上部へ移したい。七間分の欄間を跨いで、一対の龍が彫られている。七間を一続きの構図で通す彫刻は、途中で気息が切れれば台無しになる。しかも一対である以上、離れた二頭が互いに呼応していなければならない。
外陣の組物には斜栱が用いられる。栱、すなわち肘木を建物の軸線に対して斜めに架ける手法で、仕口の角度が一つとして同じにならないため加工の難度が高い。登録基準にいう「造形の規範」が具体的に何を指すのかを問われれば、まずこの斜栱と欄間彫刻を挙げることになるだろう。
外観は、建物の周囲をゆっくり一周して見たい。本堂は平成25年(2013年)に改修を受け、令和6年(2024年)には約40年ぶりとなる屋根瓦の全面ふき替えが行われた。施工は広島市の寺社建築業者で、工事の完了時には鬼瓦を据える鬼立て式が営まれている。瓦の面は新しいが、その下の屋根の勾配と輪郭は昭和23年のままである。
拝観と交通
福泉坊は観光施設ではなく、法要の営まれる現役の門徒寺院である。拝観料の設定も、受付窓口も、公表された拝観時間もない。
境内は日中おおむね立ち入ることができ、本堂の外観のほか、山門・鐘楼・庫裏も境内から眺められる。堂内に上がる場合、および内部を撮影する場合は、事前に寺務所へ連絡して了解を得る必要がある。法要や葬儀の最中に居合わせたときは、時間を改めるのが礼儀にかなう。
交通は、バスが便利で鉄道はやや不便である。最寄りの吉田バス停から寺までは約120メートル、徒歩2分ほど。安芸高田市役所前バス停もほど近い。広島バスセンターから吉田出張所行きで約1時間25分、JR可部駅からは広島電鉄バスで約50分。JR芸備線の吉田口駅は約3.8キロメートル離れた無人駅のため、鉄道利用なら芸備線の向原駅からタクシーで15〜20分とするほうが確実である。自動車の場合、中国自動車道の高田インターチェンジから約20分。
郡山城跡と組み合わせて訪ねたい。城跡と安芸高田市歴史民俗博物館はいずれも徒歩圏にあり、城跡を先に歩いてから寺へ回ると位置関係が腑に落ちる。福泉坊が建つのは毛利の城の下に発達した町であり、寛永2年の吉田帰住も、毛利氏の動向と切り離しては説明できない出来事だった。
Q&A
- 福泉坊本堂は拝観できますか。拝観料と拝観時間は。
- 福泉坊は現役の門徒寺院のため、拝観料の設定も公表された拝観時間もありません。境内は日中おおむね立ち入ることができ、本堂の外観は自由に見られます。堂内に上がる場合と内部を撮影する場合は、事前に寺務所へ連絡して了解を得てください。法要中は避けるのが望ましいです。
- 福泉坊本堂はいつ建てられましたか。それ以前の本堂はどうなりましたか。
- 現在の本堂は昭和23年(1948年)の建立です。寛永2年(1625年)に第四代空玄が建てた本堂は寛文2年(1662年)に焼失し、宝暦13年(1763年)に再建された堂が老朽化したため、昭和23年に建て替えられました。平成25年に改修、令和6年に屋根瓦の全面ふき替えが行われています。
- 福泉坊本堂の登録有形文化財と、重要文化財はどう違うのですか。
- 登録有形文化財は平成8年(1996年)創設の制度で、築50年以上を経て地域の歴史的景観を形づくってきた建造物を広く対象とし、手続は届出制です。重要文化財は歴史的・芸術的価値がとくに高いものを国が選ぶ指定制度で、現状変更には許可が必要となり規制はずっと厳しくなります。福泉坊本堂は前者にあたります。
- 福泉坊本堂の建築上の特徴は何ですか。
- 外陣が矢来と柱を省いた広闊な一室である点が第一の特徴です。内外陣境では七間分の欄間を跨いで一対の龍を彫り、外陣の組物には斜め方向に肘木を架ける斜栱を用いています。これらの造形が評価され、4棟のうち本堂だけが「造形の規範となっているもの」を登録基準としています。
- 福泉坊本堂への行き方を教えてください。
- 吉田バス停から徒歩約2分(約120メートル)です。広島バスセンターから吉田出張所行きのバスで約1時間25分、JR可部駅からは広島電鉄バスで約50分。鉄道の場合はJR芸備線向原駅からタクシーで15〜20分が確実です。自動車では中国自動車道高田インターチェンジから約20分。徒歩圏に郡山城跡と安芸高田市歴史民俗博物館があります。
基本情報
| 名称 | 福泉坊本堂(ふくせんぼうほんどう) |
|---|---|
| 所在地 | 広島県安芸高田市吉田町吉田字下川東1334-1 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物)/登録番号 34-0143/登録基準「造形の規範となっているもの」 |
| 指定年 | 平成26年(2014年)12月19日登録(第79回登録) |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 木造平屋建、瓦葺、建築面積404平方メートル/桁行19メートル、梁間21メートル/入母屋造桟瓦葺 |
| 所有者 | 宗教法人福泉坊 |
| 公開状況 | 現役の門徒寺院。境内は日中おおむね立ち入り可、拝観料なし。堂内の拝観および内部撮影は事前連絡が必要 |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース「福泉坊本堂」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00010351
- 安芸高田市「福泉坊(本堂、庫裏、鐘楼、山門)」
- https://www.akitakata.jp/ja/shisei/section/kyouiku/shisekibunkazai/cultural_asset/q123/
- 安芸高田市「指定文化財・登録文化財」
- https://www.akitakata.jp/ja/shisei/section/kyouiku/shisekibunkazai/cultural_asset/
- 安芸高田市「郡山城跡(吉田町)」
- https://www.akitakata.jp/ja/shisei/section/kyouiku/shisekibunkazai/cultural_asset/siseki_kuni/mourisisiroato/kouriyamajyouato/
- 浄土真宗本願寺派 安芸教区 高田西組「福泉坊」
- https://akitakatanotera.jimdofree.com/福泉坊/
- 中国新聞デジタル「安芸高田市の福泉坊、40年ぶり屋根瓦全面ふき替え」
- https://www.chugoku-np.co.jp/articles/-/537979
最終更新日: 2026.07.29