松永湾を望む明治の客殿

村上家住宅主屋は、広島県福山市今津町にある明治後期(1898〜1911年)の木造2階建の住宅建築で、平成22年(2010年)9月10日に国の登録有形文化財となった。登録番号は34-0096である。

松永湾を南に見下ろす丘陵地の屋敷のうち、敷地の西寄りに建つ。屋根は入母屋造桟瓦葺で、建築面積は152平方メートル。北面には奥行きの深い下屋を付け、東面には入母屋造の屋根をのせた妻入の玄関を張り出している。屋敷に残る8件のうちもっとも大きな建物である。

名称の読みは、文化庁の登録では「しゅおく」、福山市の資料では「おもや」と振られている。福山市の文化財ナビは村上家住宅主屋を「旧客殿」と紹介しており、家族が寝起きする母屋というより、客を迎えるための建物として建てられたことがうかがえる。

登録の理由は2階の座敷にある

村上家住宅主屋の価値は2階に集まっている。2階は東西に2室を並べ、西と南の2面に縁をめぐらす。西側の部屋には床構え(文化庁の解説では「トコ構え」)と欄間を飾り、良材を用いた繊細な意匠でまとめている。文化庁はこの2階を、接客のための座敷と位置づけている。

屋敷の8件はすべて「国土の歴史的景観に寄与しているもの」という同じ基準で登録された。そのなかで村上家住宅主屋は、訪れた客に家の格を示す役目を負った建物だった。

年代の逆転にも目を留めたい。同じ屋敷の長屋門や衣装蔵は江戸末期にさかのぼるのに対し、村上家住宅主屋は明治後期の建築とされる。門や蔵を残したまま、中心となる建物だけを明治の後半に新しくしたことになる。その事情は、公開されている資料からは分からない。

見どころ:東の玄関と西・南の縁

外観でまず探したいのは東面の玄関である。大屋根と同じ入母屋造の小屋根を妻側に向けて突き出し、主屋の大きな屋根に小さな屋根が直角に取り付く。同じ形式を大小で重ねた構成が、村上家住宅主屋の正面性を生んでいる。

2階の縁が西と南に回されている点は、敷地の条件と結びつけて読むことができる。屋敷は湾を南に望む斜面にあり、南の縁は庭と湾の方角に開いている。腕木門で区切られた南の庭は、この座敷から眺めることを前提にした庭だったと考えられる。

北面の深い下屋は、座敷の表情とは対照的に、日常の用を受け止める部分である。接客の2階と生活の1階・下屋という役割の分け方が、一つの建物の中で読み取れる。

見学について

村上家住宅主屋は個人の住宅の一部で、内部は公開されていない。2階の座敷や床構えについても、2026年9月時点で公開の案内は確認できなかった。敷地の内側へ立ち入ったり、石垣越しに建物をのぞき込んだりすることは避けてほしい。屋敷全体の成り立ちと、最寄り駅からの道順は村上家住宅のページにまとめてある。

Q&A

Q村上家住宅主屋は見学できますか?
A個人の住宅で、内部は公開されていません。2026年9月時点で一般公開や見学受付の案内は確認できませんでした。
Q村上家住宅主屋はいつ建てられましたか?
A文化庁の登録では明治後期(1898〜1911年)の建築です。同じ屋敷の長屋門や衣装蔵は江戸末期のもので、主屋のほうが新しい建物です。
Q村上家住宅主屋の2階にはどんな部屋がありますか?
A東西に2室が並び、西と南に縁が回ります。西の部屋に床構えと欄間を備えた、客を迎えるための座敷です。
Q村上家住宅主屋が登録有形文化財になったのはいつですか?
A平成22年(2010年)9月10日です。登録番号は34-0096で、屋敷の8件が同じ日に登録されました。
Q村上家住宅主屋の読み方は「しゅおく」と「おもや」のどちらですか?
A文化庁の登録名のふりがなは「しゅおく」、福山市の文化財ナビは「おもや」としています。どちらも主となる建物を指す読みです。

基本情報

名称村上家住宅主屋
所在地広島県福山市今津町字長波1929
指定区分登録有形文化財(建造物)、登録番号34-0096
指定年平成22年(2010年)9月10日登録
員数1棟
寸法木造2階建、瓦葺、建築面積152平方メートル
所有者記載なし(文化庁データベース)
公開状況個人の住宅。内部非公開、一般公開の案内なし

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁):村上家住宅主屋
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00008368
文化遺産オンライン:村上家住宅主屋
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/217750
ふくやま文化財ナビ(福山市):村上家住宅主屋 ほか7件
https://fukubun.net/ja/collection/692

最終更新日: 2026.09.24