丘の屋敷を三方から囲む石垣

村上家住宅石垣は、広島県福山市今津町にある江戸末期(1830〜1867年)の石造の石垣で、平成22年(2010年)9月10日に国の登録有形文化財となった。登録番号は34-0103で、員数は1基である。

石垣は屋敷の敷地の南面から西面、北面へと回り込んで築かれている。高さは南西の角で4.2メートル、北西の角で2.3メートル。長さは、文化庁データベースの構造欄で延長77メートル、同じデータベースの解説文で総延長76メートルとされ、1メートルの差がある。

松永湾を南に望む丘陵地にあり、主屋や蔵など屋敷の建物はすべてこの石垣がつくる平場の上に建つ。

登録の理由:城郭のような敷地構え

村上家住宅石垣は打込接乱積で積まれている。石の角や面を叩いて整え、すき間を減らして積む打込接に、大きさの違う石を不揃いに組む乱積を合わせた積み方である。各角は長方形の石の長辺を左右交互に振り分ける算木積で固めている。

文化庁の解説は、この石垣が城郭のような威容を誇る敷地構えをつくり上げていると評価している。個人の屋敷でありながら、城の石垣と同じ技法で角を仕上げている点に、この家の力の大きさがうかがえる。

石垣の一部には明治期の火災の痕跡が残る。屋敷の主屋と腕木門・納屋が明治後期の建築であることと考え合わせると興味を引くが、火災の時期や被害の範囲は公開されている資料からは分からない。

見どころ:南西の角と算木積

村上家住宅石垣をもっとも印象的に見られるのは、高さ4.2メートルに達する南西の角である。下の道から見上げると、角の石が交互に組み上がる算木積の線がはっきり読み取れる。

南西から北西へ回るにつれて石垣は低くなり、北西の角では2.3メートルになる。丘の斜面に合わせて高さを変えていることが、歩いて回ると体感できる。

石の面に焼けたような変色が見つかれば、それが文化庁の解説にある明治期の火災の痕跡かもしれない。

見学について

村上家住宅石垣は敷地の外周をなすため、屋敷の8件のうち、敷地の外からもっともよく見える構造物である。ただし個人の住宅の一部であり、石垣に登ったり、石に触れたりすることは避けてほしい。敷地の内側は公開されておらず、2026年9月時点で見学受付の案内は確認できなかった。屋敷の配置と最寄り駅からの道順は村上家住宅のページにまとめてある。

Q&A

Q村上家住宅石垣は見学できますか?
A敷地の外周をなす石垣なので、外観は敷地の外から見られます。個人の住宅の一部のため、石垣に登る・触れるといった行為は避け、敷地内には立ち入らないでください。
Q村上家住宅石垣はいつ築かれましたか?
A文化庁の登録では江戸末期(1830〜1867年)の構築です。
Q村上家住宅石垣の高さと長さはどれくらいですか?
A高さは南西の角で4.2メートル、北西の角で2.3メートルです。長さは文化庁データベースの構造欄で77メートル、解説文で総延長76メートルと、記載が分かれています。
Q村上家住宅石垣はどんな積み方ですか?
A打込接の乱積で、角は算木積で固めています。城の石垣にも使われる技法です。
Q村上家住宅石垣の火災の跡とは何ですか?
A文化庁の解説に、石垣の一部に明治期の火災の痕跡が残ると記されています。火災の時期や範囲は公開資料からは分かりません。

基本情報

名称村上家住宅石垣
所在地広島県福山市今津町字長波1929
指定区分登録有形文化財(建造物)、登録番号34-0103
指定年平成22年(2010年)9月10日登録
員数1基
寸法石造、延長77メートル(解説文では総延長76メートル)、高さ2.3メートルから4.2メートル
所有者記載なし(文化庁データベース)
公開状況個人の住宅。外観は敷地外から、敷地内非公開

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁):村上家住宅石垣
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00008375
文化遺産オンライン:村上家住宅石垣
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/146107
ふくやま文化財ナビ(福山市):村上家住宅主屋 ほか7件
https://fukubun.net/ja/collection/692

最終更新日: 2026.09.24