高龍寺宝蔵とは

高龍寺宝蔵は、北海道函館市船見町の高龍寺で寺宝を納める煉瓦造の蔵で、大正5年(1916年)に建てられ、平成24年(2012年)に国の登録有形文化財に登録された。山門を入って右手、鐘楼の西隣に建つ。

煉瓦造、瓦葺で、建築面積は63平方メートル。本体は桁行9.7メートル、梁間6.1メートルの2階建で、切妻造の桟瓦葺とし、壁を漆喰で仕上げ、腰を簓子下見張とする。東の妻側には、煉瓦の壁を表に出した切妻造の蔵前が付く。

寺の案内によると、高龍寺の総代で函館の豪商だった相馬哲平の寄進によって建てられた。階数について、文化庁のデータベースは2階建、函館市の資料は平屋建としている。

高龍寺宝蔵の価値 煉瓦と漆喰を使い分けた蔵

文化庁の解説は、耐火性と景観の両方に配慮して煉瓦造を用いた、独特の形式の蔵と評価している。煉瓦で躯体を造って火に強くしながら、本体の外壁は漆喰と下見板で包み、日本の土蔵の姿に整えた。一方、入口にあたる蔵前だけは煉瓦をそのまま見せている。

函館市の資料は、煉瓦の外観をもつ入口部分と、漆喰と下見板をまわした蔵造りの部分とが、奇妙なコントラストを生んでいると記す。一つの蔵のなかで、洋風の素材をそのまま見せる部分と和風に包む部分が隣り合っているところに、大火の町・函館らしい工夫がある。

寄進者の相馬哲平は、旧函館区公会堂の建設に寄付をしたことでも知られる。寺によると、高龍寺宝蔵は平成29年(2017年)に全面改修され、建てられた当時の姿を取り戻した。

高龍寺宝蔵の見どころと収蔵品

高龍寺宝蔵の前では、東の妻側から見るのがよい。手前に煉瓦の蔵前、その奥に白い漆喰の本体が続き、素材の切り替わりが一目で分かる。本体の腰まわりに目を落とすと、簓子で押さえた下見板が並んでいる。

函館市の観光案内によると、高龍寺宝蔵には蠣崎波響の「釈迦涅槃図」などが納められている。文化8年(1811年)に描かれた双幅の大作で、昭和43年(1968年)に北海道の文化財となった。火災で多くの堂宇を失ってきた高龍寺にとって、寺宝を守る煉瓦の蔵は欠かせない建物だった。

高龍寺宝蔵の見学方法

高龍寺宝蔵の内部は公開されていない。外観は境内から自由に見られ、鐘楼の脇から西へ進むと正面にあたる東の妻側が見える。

宝蔵に納められた「釈迦涅槃図」は、例年4月1日から15日までに限って一般公開される。寺は10月にも宝物展を開くと伝えられているが、展示の場所や日程は年によって異なるため、訪問前に高龍寺の案内で確かめたい。境内への行き方と拝観時間は高龍寺のページにまとめてある。

Q&A

Q高龍寺宝蔵の中は見学できますか?
A内部は公開されていません。外観は境内から自由に見られます。
Q高龍寺宝蔵には何が納められていますか?
A函館市の観光案内によると、蠣崎波響の「釈迦涅槃図」などの寺宝が納められています。涅槃図は例年4月1日から15日まで公開されます。
Q高龍寺宝蔵はいつ、誰が建てましたか?
A大正5年(1916年)の建築で、寺の総代だった函館の豪商・相馬哲平の寄進によると伝えられています。
Q高龍寺宝蔵はなぜ煉瓦造なのですか?
A文化庁の解説では、耐火性と景観の両方に配慮して煉瓦造を用いたとされています。外壁は漆喰と下見板で仕上げ、土蔵のような姿にしています。
Q高龍寺宝蔵の大きさはどのくらいですか?
A本体は桁行9.7メートル、梁間6.1メートルで、建築面積は63平方メートルです。

基本情報

名称高龍寺宝蔵
所在地北海道函館市船見町21-3
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成24年(2012年)登録
員数1棟
寸法建築面積63平方メートル、本体 桁行9.7メートル・梁間6.1メートル
所有者宗教法人高龍寺
公開状況外観は境内から見学自由。内部は非公開

参考文献

国指定文化財等データベース「高龍寺宝蔵」(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00009108
文化遺産オンライン「高龍寺宝蔵」
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/200941
景観形成指定建築物等一覧(函館市)
https://www.city.hakodate.hokkaido.jp/docs/2014021000244/
船見町 境内さんぽ(国華山 高龍寺 公式サイト)
https://www.kokkasan.org/halls
高龍寺の宝物(国華山 高龍寺 公式サイト)
https://www.kokkasan.org/treasure
和の伝統建築の華、高龍寺のご案内(函館市公式観光情報 はこぶら)
https://www.hakobura.jp/features/107

最終更新日: 2026.10.02