八幡神社三重塔とは ― 六條八幡宮の境内に残る室町の塔

八幡神社三重塔は、神戸市北区山田町中の六條八幡宮(ろくじょうはちまんぐう)境内に建つ室町時代中期、文正元年(1466年)建立の三重塔で、大正3年(1914年)4月17日に国の重要文化財に指定された。文化庁の国指定文化財等データベースは名称を「八幡神社三重塔」、所有者を「八幡神社」と記すが、神社自身は六條八幡宮の名で案内しており、六条八幡神社と書かれることもある。

形式は三間三重塔婆で、屋根は檜皮葺。指定には棟札3枚が附(つけたり)として含まれる。同じデータベースで種別が「寺院」とされている点は見逃せない。神社の境内に立ちながら、建物としては仏教の塔に分類されている。

神社の案内によると、境内では本殿の東に三重塔、西に薬師堂が並ぶ。神と仏を同じ境内でまつった神仏習合の時代の配置が、明治の神仏分離を経たあとも保たれている。

八幡神社三重塔が重要文化財とされる理由

神戸市北区役所の地域紹介は、八幡神社三重塔について、文正元年(1466年)の建立であることが棟札でわかり、全体の形がよく整い細部の手法も優れていて、室町中期の特徴をよく示していると説明する。建立年が推定ではなく文字の記録で押さえられる中世の塔は多くない。年代の確かな基準作として、同じ時期の塔を比べる手がかりになる。

塔を抱える六條八幡宮の由緒も、この地の歴史を映している。神社の説明では、平安時代中期の長徳元年(995年)に基燈法師が若宮八幡宮の宝殿を建て、保安4年(1123年)に丹生山田庄の領主であった源為義が、京都六条左女牛の自邸にまつる八幡神をここへ勧請した。為義の称号にちなんで「六條八幡宮」と呼ばれるようになったという。

神社に塔が残ること自体も価値の一つである。2019年の神戸新聞の取材記事は、明治の神仏分離令以降に激減した神仏習合の姿をとどめる例が、全国で18か所、兵庫県内では3か所しかないと紹介している。

八幡神社三重塔の見どころ ― 強い軒反りと上へ細まる姿

最初に見たいのは輪郭である。三つの屋根は上へ行くほど一回り小さくなり、軒先は四隅で強く跳ね上がる。畠田明彦宮司は神戸新聞の取材に、この軒の強い反りと上層ほど小さくなる姿に建立当時の特徴が表れていると語っている。檜皮葺の屋根は瓦よりも薄く軽い線を描くため、反りの勢いがいっそう目に入る。

塔の正面に回ると、初重の柱間は3間に割られ、軒の下では組物が屋根を深く持ち出している。真下から見上げると、各層の組物と垂木が規則正しく重なり、層ごとに張り出しが少しずつ詰められていく様子がよく分かる。

神戸市北区役所の紹介は、この塔が境内の老杉に囲まれていると記す。神社は秋の大銀杏の黄葉も境内の見どころに挙げており、杉の深い緑と檜皮の茶色の取り合わせを見るなら、新緑の頃か晩秋に訪れるのがよい。

八幡神社三重塔の見学方法とアクセス

八幡神社三重塔は六條八幡宮の境内にあり、外観は境内から見学できる。神社の案内に拝観料の記載はない。塔の内部公開についても案内は見当たらず、通常は外から眺める形になる。境内での撮影について特段の制限は示されていないが、祭典や祈祷の最中は控えたい。毎年10月の第2日曜日には流鏑馬神事が行われ、この日は境内が混み合う。

電車とバスで行く場合は、神戸電鉄の箕谷(みのたに)駅から神戸市バス111系統の衝原(つくはら)行きに乗り、「山田小学校前」で下車して徒歩約10分(神社の交通案内による)。車では阪神高速7号北神戸線の箕谷から有馬街道へ出て、「皆森」の交差点を右折しておよそ3km。カーナビが旧道の福地バス停付近から車のすれ違えない細い道を案内することがあるため、神社は広いバイパス側から来るよう呼びかけている。

周辺の山田町には中世の社寺や民家が点在するが、八幡神社三重塔を目当てに訪れるなら、本殿の東側から塔の全体を、さらに少し離れた位置から屋根の重なりを見比べると、室町の塔の比例がつかみやすい。

Q&A

Q八幡神社三重塔はいつ建てられたのですか?
A室町時代中期の文正元年(1466年)です。建立年は棟札によって確かめられており、その棟札3枚も重要文化財の附として指定されています。
Q八幡神社三重塔と六條八幡宮は同じ場所ですか?
A同じです。文化庁のデータベースでは「八幡神社三重塔」と登録されていますが、塔は神戸市北区山田町中の六條八幡宮の境内、本殿の東側に立っています。
Q八幡神社三重塔は拝観料が必要ですか?内部は見学できますか?
A神社の案内に拝観料の記載はなく、境内から外観を見学できます。内部公開の案内は見当たらず、通常は外から眺める形になります。
Q八幡神社三重塔へ電車とバスで行く方法は?
A神戸電鉄の箕谷駅から神戸市バス111系統(衝原行き)に乗り、「山田小学校前」で下車して徒歩約10分です。
Q神社にある八幡神社三重塔はなぜ珍しいのですか?
A三重塔は本来仏教の建物で、明治の神仏分離で多くの神社から姿を消したためです。神戸新聞の取材記事では、神仏習合の姿をとどめる例は全国で18か所、兵庫県内では3か所と紹介されています。

基本情報

名称八幡神社三重塔(六條八幡宮三重塔)
所在地兵庫県神戸市北区山田町中字宮ノ片57(六條八幡宮境内)
指定区分重要文化財
指定年大正3年(1914年)
員数1基(附 棟札3枚)
寸法三間三重塔婆(寸法の公表値は未確認)
所有者八幡神社(六條八幡宮)
公開状況境内から外観を見学可(内部公開の案内なし)

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「八幡神社三重塔」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/2237
文化遺産オンライン「八幡神社三重塔」
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/123044
神戸市北区 各町の紹介【山田町】
https://www.city.kobe.lg.jp/f96104/kuyakusho/kitaku/shoukai/machishoukai/yamadacho.html
六條八幡宮 御由緒
https://rokujouhachimanguu.com/history
六條八幡宮について(境内案内)
https://rokujouhachimanguu.com/about
六條八幡宮 交通の御案内
https://rokujouhachimanguu.com/access
神戸新聞 北マンスリー「貴重な神仏混合の姿をとどめる社寺 神戸市北区の六條八幡宮」(2019年9月12日)
https://www.kobe-np.co.jp/rentoku/kitamonthly/201909/0012691087.shtml

最終更新日: 2026.10.04